勝利の味を味わうアイツ

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勝利の味を味わうアイツ

「ちょっと!?何してんのツバキ!」 「へへ、ハヤトくん油断しすぎ〜」  わーすごい、本物のヤトバキや。間近で見ると一層尊いわ〜。二人がこうしてイチャついてくれるだけで投げ銭が飛び、間に挟まっているだけの僕の懐にも分け前が入るのだからありがたい話だ。……という汚い本音は置いておいて、只今OTOUHUチャンネルにて生配信中である。プレイしているゲームは、相手プレイヤーへの妨害要素が豊富で非常に盛り上がる対戦ゲーム。最近グループ系配信者の間で流行っているものだ。楽しそうだからと手を出してみたが、ものの見事に白熱してしまっている。 「くそっ、絶対勝つ!絶対に…!!」 「オレも絶対負けないし!!勝つんで!!」  それにしても僕と比べて二人は凄まじい本気度合いだ。まあそれもこれも配信開始前に椿くんから「このゲームで一位取った方にほっぺチューしてくれるとかないですか?」と提案を受け、僕が「いいよー」と返したからなのだが。頬にキスなんてよその国では挨拶みたいなものだし、渋るものでもないだろう。そんな軽率な気持ちで承諾したわけだけれども、まさかこんなに火をつけてしまうとは。 「くたばれっ……!!倒れろ早く……!!」 「地面に這い蹲れ……!!土を舐めろ……!!」  なんかもう様子がちょっとおかしくなってきてるし。コメントでも『今日テンション高くて草』と言われてしまっている。まあ配信的には盛り上がっていいんじゃないだろうか。 「うわあ!!えっ!?今アイテム使ったの誰!?落ちたんだけど!!」 「僕です」 「ユウさん!?えっオレも落ちた嘘でしょ!!」  これでもかとやりあっていた二人がまとめてステージ外へ落ちたところでラウンド終了。僕に一ポイントが入った。ヤトバキを眺めるのもいいが、対戦ゲームはやはり殴り合ってこそ。「一位にほっぺチュー」と言ったからには、一位を取れぬ者にその資格はない。 「もう三ポイントかあ……このままやと僕が一位で終わるかもなあ……」  ──その言葉に、颯斗くんと椿くんの瞳が燃えた。 「いや一位はオレなんで!!ここから百ポイント取ります!!」 「ツバキ……とユウさんには悪いけど俺が勝つからね。まだ時間はたっぷりあるし」 「二人ともやる気満々やん」    やはり対戦相手は手強いほどいい。僕もまた燃えるというものだ。  ……でもまあ、この後数時間かけてなかなかいい勝負をしつつ、結局一位を取ったのは僕だったわけだが。つまりなんだ、僕は僕にキスをすればいいわけか。どうやって自分の頬に唇をつければいいんだ。思案している僕の横で、配信を切ってオフモードになった二人が項垂れている。 「ほっぺチューが……せっかくの機会が……」 「あのユウさん、ちなみに頑張ったで賞とかは」 「勝利をもぎ取れぬものに報酬を得る資格はない」 「クソーッ!!」  悔しそうに机を叩いた椿くんだったが、すぐにハッとして顔を上げる。相変わらず立ち直りが早い子だ。何かいい事を思いついたかのように赤い目をキラキラとさせながら、僕の顔を上目で見つめてきた。 「じゃあ、オレらからユウさんにするのはいいですか!?勝利の報酬ということで!」 「え、俺らから……!?」 「あ、それならいいよ」 「いいの!?」 「いいんですか!?」  ぎょっとした表情の颯斗くんと、依然目を輝かせた椿くんが揃って身を乗り出してくる。 「別に減るもんでもないし。はいどうぞ」 「どうぞって言われても……」 「ちなみにどこまでほっぺに入りますか?」 「えっ怖。じゃあここらへんまで」  指で作った小さな円を頬に乗せると、椿くんの方から「狭いな……」という呟きが聞こえてくる。狭いことはない。これでも譲歩した方だ。これで狭いなら範囲を指定しなければ口の方までいかれていたのでは?別にそれでもいいっちゃいいけれども。 「じゃあ……いきます!」 「はいはい」  そっと椿くんの顔が近づいてきたあと、耳元でちゅっと音がする。さりげなく腰に手を回されて下腹あたりを撫でられたが、まあこのくらいは見逃してあげるとしよう。 「遊さん、このまま抱いてもいいですか?」 「いやあかんに決まってるやろ。欲張りか」 「じゃあトイレに行ってきてもいいですか?」 「それは勝手にして」 「あざーす!!」  終始早口かつ真顔で言ってのけたあと、椿くんは猛ダッシュでトイレまで駆けていった。理由は聞くまい。ちらりと振り返ると、颯斗くんが真っ赤な顔で僕を見つめている。眉を下げて上目遣いになっている様はまるで子犬のようだ。 「あ、あの……」 「どしたん?颯斗くんもおいで」 「ぐっ……!!」  何か刺さるものがあったのか、颯斗くんは突如胸を押さえてうずくまってしまう。少しばかり悪戯心が芽生えた僕は、颯斗くんに身を寄せ、そっとその両肩に手を乗せる。 「颯斗くん、ちゅーしよ?」  耳元にふっと息を吹きかけるように囁けば、視界がぐらりと傾く。肩に乗せていた手が掴まれたと理解した時には、目の前いっぱいに颯斗くんの顔が広がっていた。 「遊さん……そういうのはダメだって」 「なに……んっ」  薄く開いた唇の隙間から、熱い吐息と一緒に舌が捩じ込まれる。ほっぺにチューと聞いていたのだが、これは何か違うんじゃないか。間違えてるよーと教えてあげようと背中を叩いたが、まるで聞いてくれる気配はない。さっきの子犬みたいな可愛い顔はどこへやら、獰猛な狼のような瞳が僕を見下ろしている。 「んん……っ、ふ、……ぅ」  それにしてもこのキス、上手い。颯斗くんのような引く手数多の美形はやはり慣れているのだろう。ちゃんと気持ちよくて少し困ってしまう。 「はぁ……ふ、んぅ……」 「おい」 「ん……遊さ……」 「おい。何してんの?」 「あっ」 「あっ」 「『あっ』じゃないですけど。人がほっぺチューしかもする側で大満足大興奮大感謝してトイレで感動をぶちまけてた間に何してんの?これ裏切りですよね。責任取ってください」  まくし立てるように言いながら、いつの間にか戻ってきていた椿くんは僕たちの間に腕を突っ込んでくる。 「えー、じゃあ椿くんも口にしてええよ」 「え!?」 「何驚いてるんですかハヤトくん。まさか自分はがっつり深めのキスしておいてオレにはほっぺだけで我慢させるつもりだったとか?ハヤトくんじゃなくてハヤカスって呼ぶよこれから」 「ごめんハヤカスはやめて!……じゃなくて、い、今のキスは正直その、無理矢理……だったわけだけど……え?遊さんってキスはOKなの?」 「ん?キスならええよ別に、大して疲れへんし。本番は疲れるからしたないけど」 「……ということは、もし仮に疲れることがなければ本番も……?」 「ああ……疲れへんのやったらしてもええかな、減るもんちゃうし」 「いや減るでしょ!!なんかよくわかんないけど減るよ!!」 「遊さん!!オレ疲れないセッ〇スの方法調べときます!!」 「頑張って〜」 「頑張ってじゃない!!」  ツッコミを入れる颯斗くんの様子はすっかりいつも通りだ。キスをされた時は正直驚いたけれど、これでひとまず安心──  ……ん?安心?
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