終章 シュレディンガーの夜明け

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 翌朝――遮光カーテンの隙間から射し込む赤々とした眩しい太陽に絃成は暁よりも早く目を覚ます。予定時刻では神戸に着くまでは更に一時間近くあり、途中停車する大阪で既に何人かが降車したのか、絃成が車内を見渡す限り昨晩より乗客が少ないように思えた。  連日の無理が祟ったのか、窓に凭れ掛かって眠る暁を起こさないように絃成はそっと遮光カーテンの隙間を埋める。神戸に到着するまではスマートフォンの電源を入れてはいけないと暁から強く言われていたが、到着するまでの数十分暇を持て余した絃成はもう大阪を過ぎたから問題無いだろうと約束を破り、電源ボタンを長押ししてスマートフォンの電源を入れる。  電源を切る前に音量を下げておかなかった所為もあり、起動時の初期化が終わるとスマートフォンは絃成の手の中で激しく揺れ始め昨晩からの着信やチャットの通知を報せ始める。慌てて音量ボタンを操作し鳴動音を消す絃成だったが、予定外に暁を起こしてしまっていないか、今も尚振動を続けるスマートフォンを両手で包み込み、そろりと隣で眠る暁へと視線を送る。絃成の不安に反して暁が目を覚ました様子は無く、眉ひとつも動かさず静かに寝入っているようだった。  起こしてしまわなかった事にほっと胸を撫で下ろし、絃成は再び手元のスマートフォンへ視線を落とす。ひっきりなしに続いた通知は落ち着きを見せ、その大半は新名からのものだった。恋人関係にあった萌歌も心配をしての事なのか、数件チャットと着信の通知があり、その中に和人からのものはひとつも無かった。  時間を見計らっていたのか、絃成がスマートフォンの電源を入れた後、那月からのチャットがロック画面に表示された。暁と絃成の二人が姿を消した事は仲間内ですぐに情報が巡り、数件あった萌歌からの通知も全てそれに起因するものだった。萌歌と違うところは、那月は明確に二人の行き先を知っており、二人が居なくなったと分かればその行き先は神戸以外に他ないと、長年の付き合いから暁の考えを先読みし神戸へ到着するであろう時刻に併せて絃成への連絡を入れた。  二人が既に神戸に向かったのならばと那月も根回しに奔走し、二人が到着した時点ですぐ拾えるように迎えの者を手配するのと同時に、那月自身も和人や新名に気付かれないよう始発電車へと飛び乗り神戸に向かっている最中だった。 「神戸着いたぜアキ」  バスの運転手が終着地である三宮に到着するというアナウンスを流す。スマートフォンを片手に惰眠を貪っていた絃成もそのアナウンスが耳に届くと緩々と目を覚まし、込み上がる欠伸を隠す事もせず放出した。バスターミナルに那月の知り合いが迎えに来ている筈で、そろそろ暁も起こさなければならないと感じた絃成は、那月からのメッセージ画面を開いたまま声を潜めて毛布を掛けたままの暁へ声を掛ける。 「ナツ兄に神戸着いたらここに連絡しろって言われたんだけど――」  ――何かがおかしい。絃成はその時初めて気付いた。昨晩から輪を掛けて顔色が悪い、それはただ腹を下しているだけだと思っていた絃成だったが、昨晩隣の座席に座りながら一度でも暁の寝息を聞いた事があっただろうか。一度でも暁が身動いだところを見ただろうか。  寝た振りも良いが、そろそろ本当に起こさなければバスが目的地に到着してしまう。起こす為肩に触れた時に気付いたその冷たい感触。ずっとそれは腹を下しているのと車内の空調によるものだと考えていた。しかし寒いのならば――何故一度もくしゃみなりその体温低下を暁は訴えようとしなかったのか。 「アキ?」  暁はとても、幸せそうに微笑んでいた。
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