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「ほりせんせい、あそぼ!」
「うん、何して遊ぼうか?」
「マリーのえ、かきたい!」
「ずるい! ぼくもほりせんせいとかきたい!」
「つむぎも! つむぎも! マリーのえ、かく!」
念願だった保育士の夢を叶えた堀柊奈乃は、あっという間に子ども達に囲まれてしまった。保育園では柊奈乃の描くマリーの絵が人気で、最近はずっとみんなでマリーの絵を描いて遊んでいる。
誰かがマリーの絵を描き始めると、みんながみんな新しいおもちゃを見つけたように集まってきて言い合いを始めるのが大変ではあったが、画用紙を広げ、クレヨンを転がし、手や顔を汚しながらも真剣な眼差しで絵に取り組む姿を眺めているのは柊奈乃にとって他にかえがたい至福の時間だった。
「せんせい!」
保育園に入ったばかりの辻󠄀紬希という3歳の女の子が、さっそく書き上げたイラストを見せてくれた。猫の輪郭を描く線はぐにゃぐにゃに曲がり、目や鼻の位置もバラバラだったが、カラフルな色で体を塗っていた。
「かわいいね。カラフルマリーだ」
「ねっ、かわいい! せんせい、みて、ここはねきいろをつかったの、それでここはあかでーー」
太陽のように明るい笑顔を輝かせながら紬希はたどたどしい言葉遣いで一生懸命説明してくれる。
「自由でいいよね。絵には決まりはないから、紬希ちゃんが思った通りに描いたらいいんだよ」
柊奈乃は、昔から絵を描くのが好きだった。保育士になったら絵を通して子どもたちに自由に生きていいんだ、ということを伝えていきたいと思っていた。それがついに叶ったのだ。嬉しそうな子どもたちの笑顔を見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。
「ほりせんせー」
部屋の入口から声が聞こえて、柊奈乃は立ち上がった。見れば、保育園に長くいる石塚樹という紬希と同じ3歳の男の子が見知らぬ子を隣に連れて立っていた。
「樹くん、また新しいお友達連れてきたの?」
樹ははにかんだような笑顔になった。
「うん。このこはね、みずがいっぱいのバケツにはいって、おぼれちゃったの」
「そうなんだ。お父さんやお母さんは?」
「きづかなかったって」
「そっか」
子どもの死亡事故の約6割は、0歳から6歳に起こるとされている。事故原因は0歳を除いてワースト1が交通事故、次いで溺死や建物からの転落、不意の首吊りと続く。
柊奈乃が在籍する保育園では、いろんな理由で命を落とした子ども達が集まる。よって、年齢はバラバラで容姿もバラバラだった。
「せんせい、ぼくもかけたよ!」
「はーい」
たとえば、今絵を描いている3人の園児。一人は交通事故で首が曲がっており、一人は不意の事故で首吊りになってしまい首に痣が残っている。そしてもう一人はーー。
「ほりせんせーこのこもいっしょにあそんでいい?」
樹は、血まみれの頭を恥ずかしそうに指でかくと、新しい友達の背中をそっと押した。
「うん、もちろんだよ! みんなで一緒に遊ぼう! 今、みんなでお絵描きしてるところなの、ほら、一緒に行こう!」
柊奈乃は、樹ともう一人の子の手を引っ張ると机の周りに座らせて、画用紙とクレヨンを配った。
「今、みんなで描いてたのはマリーっていう猫なの。この猫はねーー」
目を輝かせて説明する柊奈乃の後ろで一人の女の子がぽつりと呟いた。顔半分が潰れて目玉が飛び出たその子の首筋には、手で首を絞められたような青黒い痣が見えた。
「……てって……たくさん、つないでほしい……ともだち、もっとほしいな……」
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