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西の空が血の色に染まったように赤々と燃えている。黒人兵はそれを眺め、生まれ故郷アフリカの空を思い出した。 あと少しだ。あと少しの我慢で満期除隊となる。あと少しの我慢で、晴れてアメリカ市民権を取得出来る。アメリカ市民権の取得、すなわちアメリカ国籍の獲得。 アメリカの市民権が欲しかった。アメリカ大統領に就任してホワイトハウスに住むのが子供の頃からの夢だった。夢を現実とするため、自ら志願してアメリカ陸軍に入隊した。 超国人に対する特別な感情はないが、アメリカ市民権をもらうためなら、超国人を向こうに回してどのような汚れ仕事だろうとやってのける自信がある。いや、やらねばならない。それもこれも自由の国アメリカの市民権獲得のためだ。 アフリカ移民であるアメリカ陸軍黒人志願兵アブドル・シャルクワは、アメリカ人になりたかった。アメリカ人となって、アメリカ合衆国大統領になるのが人生の目標であり、夢だった。夢を叶えたかった。 黒人兵シャルクワは生まれ故郷に古くから伝わる民謡を歌いながら、再びトラックの運転席に乗り込んでドアを閉めた。 トラックのディーゼルエンジンが唸りをあげた。 アブドル・シャルクワは除隊した後、念願叶ってアメリカ市民権を得たが、出生地がアメリカでなかったものだから、そもそもアメリカ合衆国大統領になる資格を有していなかった。アブドル・シャルクワはそれを初めて知って心を打ちのめされ、力なく肩を落とした。しかし彼の息子のエイブラハム・シャルクワは、これより六十年ほど後にアメリカ合衆国大統領となる。むろん、今現在のアブドル・シャルクワが、遠い未来のそれを知るはずもないのだった。 そして二〇五九年から約六十年後の未来に就任する黒人のアメリカ大統領エイブラハム・シャルクワなど知ったことではない三浦一が、超国一の人気俳優として数多くの戦意高揚映画に主演して超国人民を戦争に駆り立てた罪の容疑で国際軍事裁判で裁かれて有罪となり、六十年の禁固刑を言い渡されていた。三浦一は、死刑判決を下された上総惣一郎国家主席、河内総理大臣、六原警察長官、荒木信念親衛隊中将、秘密警察の山科ミドウ警視監らと共に、念京プリズンに収監されていた。 念京プリズンは死刑判決を下されたA級戦犯や同じく死刑判決を下されたB級戦犯が収用される監獄だが、死刑囚ではない禁固六十年のB級戦犯三浦一もまた、俳優として非常に高名であったがために、有名人戦犯として特別に念京プリズンに収監されたのである。
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