《175》

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 眼前に流れる伊里川が夕陽で赤く染まっている。方々で火が焚かれ、兵たちが暖を取り始めた。もう夏ではない。深更や早朝は身震いするほど寒いのだ。  石田三成は自隊の兵たちと共に火の回りに座り、口に兵糧をかきこんでいた。床几などは遣わない。地に尻をつけ、兵と同じ目線で座る。同じものを食い、同じ目線で語らう。それで血縁以上の絆が築かれていく。島清興の教えだ。 「備前での滞陣は長引くかもしれませんな」 清興が言った。豪快に飯をかきこんでいるが、長い髭には飯粒ひとつ付いていない。この美髭が汚れたところを三成は一度も見た事がなかった。いつでも清興の髭は黒々とし、光を放っている。 「兵たちの士気が心配だ」 三成は言った。備前での滞陣は2日目に入っていた。 「秋が過ぎれば、冬だ。なぁ、清興、殿下はなぜここで進軍を止めてしまったのだろう。普通に行けば、年内に九州入りできる。このまま備前での滞留が長引けば、九州入りは来年になってしまうかもしれないぞ」  清興は飯の碗を土の上に置いた。髭をしごきながら考える表情をする。 「なんとなく、あれかと思う事はあります」 清興が言った。 「直接、殿下に聞きに行きますか。わしがここで憶測で語るより、殿下から真意を聞き、御大将の口から部下に伝えてやるのが良いでしょう」 「そうだな。大坂を発ってから私は自隊の事で手一杯だった。ろくに殿下と話ができておらん。ここらで一度、意思の疏通をしておくべきかもしれん」  三成は腰を上げた。秀吉は石田隊の陣所から西に半里行った浄土寺で寝起きしている。20万の行軍である。止まる地域の村々の家はすべて豊臣兵が占拠していた。
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