モール

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モール

「すまんが、大学に行くのを諦めてくれ」 僕が両親からこう言われたのは高校三年生の秋を過ぎた頃だった。 この時期ともなれば担任教師との進路相談も終わり、志望大学への受験に向けて赤本片手に入試の傾向と対策の仕上げを行っているはずなのだが、もうその必要はなくなってしまった。 僕は大学に行くことが出来ないのだから……  僕の家庭は中の上の家庭で、父親の職業はサラリーマンで48歳の働き盛りだ。母親は専業主婦で外に出て働いた経験は娘時代の僅かな間しかない。父親の給料のみで僕の家はこれまで何不自由なく暮らすことが出来ていた。両親の家族計画は僕一人のみと想定しておりしっかりしていたのか、僕を大学へと進学させるまでは可能だったらしい。 ただし、父親がキチンとサラリーマンを続けて給料を貰えていた場合の話だ。 父親は昨今の情勢に巻き込まれ、リストラの憂き目に遭ってしまった。早期優遇退職金は全て家のローンの返済と、生活費に回すとのことで、僕の大学の入学金や授業料に使う金はないとのことであった。 家のローンが払えず、家が差押えや競売にかけられ、僕たち家族三人風来坊にならないためには仕方ない。 僕は後ろ髪を引かれる思いで、大学進学を諦めるのであった。 さて、母親もパートに出ると言う。本人曰く年齢が心配であったが、娘時代に働いていた経験が生きていたのかパートはアッサリと決まった。父親も48歳でありながらネイビー色のリクルートスーツを纏い再就職活動の毎日である。 僕はと言うと、進路希望を大学進学から就職希望へと切り替え、四年程早い就職活動に精を出していた。  嵐のような毎日が過ぎ、僕は高校を卒業した。就職先であるが、昨今の情勢に加えて学歴フィルターにかけられたのか連戦連敗。 面接官も僕のような18歳が大学進学を諦めた理由に興味津々なのか、根掘り葉掘りと「何で就職なの?」「大学に行きたくないの?」と訪ねてくる。経済的な理由な余裕がないと正直に言えば、数秒で考えたような薄っぺらな同情の言葉で励ましてはくれるものの、返事は「これからのご健勝と発展をお祈り申し上げます」と紙面でされてしまう。浪花節で同情を買うようなスタンスが駄目だと感じた僕は「早く自立したかった」と「大学に行く必要性を感じなかった」とかなどと背伸びをした嘘を()いてみたのだが、結果は同じだった。 僕が世を妬み嫉むには十分過ぎる出来事であった。
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