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 居心地の良い部屋だ。  部屋の西側と南側に大きな窓があり、風通しがとても良い。毎日出勤する場所の環境が良いというのは、なんと素晴らしいことなんだ。かつての同僚達は、今頃、きっとそこまで広くもない部屋に、ぎっしり詰められているのだろう。  ここは俺だけの仕事部屋。警察署のとある一室だ。六畳の部屋に、机と椅子が2脚。これは仕事で使うもの。片方は俺が座り、もう一方は毎日やってくる容疑者が座る。あとは、小さい本棚と小さい冷蔵庫があるのだが、これは俺の私物だ。快適な環境というのは、自らの努力でさらによくなるのだ。  “刑事課窃盗係取調べ班班長”それが俺の今の肩書き。簡単に言うと、泥棒の話を聞く、ただそれだけの係だ。  昔の同僚や後輩なんかからは、同情の目を向けられることもあるが、そんなことは知らない。逆に、この快適さを知ることができない彼らの方が、同情されるべきだと思う。俺は、そんな彼らに会ったら、生暖かい視線を向けると決めているのだ。ここに配属されて五年、そして定年まであと二年、この仕事をする。さらには、上司からはすでに再雇用の話も来ている。定年を越えてもここに居られるのなら、喜んで申請しようかと思う。    さて、仕事の準備をしよう。今日ここに来る泥棒についての書類に軽く目を通す。これで準備は終了。  俺の仕事は、窃盗で捕まった容疑者の身元を確認し、盗ったものの検証をする。これが、配属されるときに告げられた業務内容だった。  初めのうちは俺も言われた通りこなしていた。しかし、時間が余る。ひとりきりなら快適なこの部屋も、会話のない相手とふたりで入れられれば、ただの息が詰まる密室だ。エレベーターと大差ない。ソワソワした空気には耐えられない。かといって、世間話や他愛のない話が出来るわけでもない。俺は人見知りなんだ。  このままでは、快適な仕事場とは言えない。俺は考えた。考えて思いついたのが、取調べをすることだった。肩書きにある“取調べ班班長”は俺が勝手に名乗っているもの。気持ちとしては肩書きの前に、自称とついているのだ。悪しからず。  取調べと言っても、容疑が確定した後にここに来るわけだから、特に聞かねばいけないことはない。だから、なぜ泥棒になったのかを尋ねることにした。これがなかなか面白い。毎日来る泥棒達が何故泥棒になったのか、その理由を遡って遡って、最初の理由を突き詰める。  窓を開け、今日も一日が始まる。
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