懐かしい顔

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豪華さに慣れない直人さんの部屋から手を繋いで出かける これまでは一歩、いや、二歩は後方を歩いてきたから 手を繋いで外を歩くというだけで、こんなに恥ずかしいのだと気がつく 「何が食べたい?」 「じょ、直人、さんの食べたいもので構いません」 慣れない名前呼びに焦っているのは私だけで、チラリと送った視線の先は至って通常 そのチラリの視線に気付いた直人さんは、ハァとあからさまなため息を吐き出すと立ち止まった 「会社に居るみたいだから敬語も外せ それと徐々にで良いから“さん”も外せ」 頭ひとつ分高いところから降る声もため息も今の私には“脅し”みたいに聞こえて ヒールを履いても埋まらないその差に 負けないように見上げるしかできない そんな私を見て、直ぐに笑窪を見せた直人さんは、顔を傾けてオデコに口付けた 「・・・っ!なっ、」 「潤んだ目で見上げてくるとか 煽られてるとしか思えないんだけど」 クツクツと喉を鳴らして笑うと、今度は子供みたいに繋いだ手を揺らしながら歩き始めた 潤んだ目?煽る? どちらかといえば、今のは負けないように目力を入れたはず それをどう変換したのか 公衆の面前でオデコにキスまでするなんて “いつもの”直人さんからは想像もつかない 数歩遅れたタイミングでカーーッと熱の集まってきた頬を隠すように俯いていると 「あんま煽ってると、ご飯抜きで抱き潰す」 鬼畜発言まで降ってきた ・・・調子が狂う 八つも違う所為でもなく 経験値の違いを見せつけられているような距離感に 白旗は下ろさないという選択しかなさそうだ ただ 「あゆ、ほら」 手を繋いで歩く街は、やっぱりいつもとは違っていて 久しぶりに街路樹にとまっている蝉を見つけたことより 「ほら見て、あゆ」 キャンディに群がる蟻にまで気づいてしまう直人さんを見ているだけで 蓋をしてきた気持ちを動かすには十分だった
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