愛のささやき

1/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 愛――。  それは確かに、愛なのかもしれない。  その愛のために、わたしは彼から離れた。  いや、離れようとしたのだが……。 ◇◇◇  ブレーキペダルを踏みこみ、エンジンのスタートボタンを押す。  いつもなら、ドルドルと音をたててエンジンが回りはじめる。  でも、いまは、なんの音も、振動も起らない。 (え、なに? どうしたの?)  ブレーキペダルの踏みまちがいでないことを確認する。もう一度、スタートボタンを押す。二度、三度と押す。  同じだ。まったく作動しない。  もしかすると、スマートキーの電池を抜かれたのかもしれない。  といって、キーの小さなネジを外し、中を調べているひまなんてない。  はっと思って、顔をあげる。助手席側の窓を通して、別荘の玄関から、男が出てくるのが見えた。  蒼太(そうた)だ。  頭の片側をさすりながら、よろよろと歩いてくる。さっきわたしが花瓶で頭を打ちつけたところが、傷になっているのだろう。  わたしはエンジンをかけるのをあきらめ、車から飛びだした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!