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「あのさ……藤繁。もう少し、邦代部長と仲良くできないか?」
やんわりと諭す樹市に、泰葉は溜め息で返す。
「元々、反りが合わないのは分かってるわよ。でもね、平行線で交わることは無いにしても、お互いにその距離を縮める努力はすべきだと思うわ。私だって部の中で腫れ物扱いされるのは勘弁だから」
「それは……そうだけど」
「あ、でも勘違いしないでよね。別に私は次の部長がやりたいとかって訳じゃないから。結だって楠木さんだって、部長は別に誰だって構わない。ただね、周りの人の目を気にして役職を決めるようなやり方には反対だってこと」
「人の……目」
泰葉が言っているのは、おそらく楠木香沙音に関する部長たちの態度のことだろう。確かに樹市と噂のある彼女を来年の役職に付けるのを、邦代部長は躊躇している様子だった。
細かく編み込んだ髪を指先で弄りながら、泰葉は口を尖らせる。
「要するに人の噂なんかに振り回されたって、ロクなことにならないってこと。結局、祭りには瀬能と結が一緒に行ってる訳だし。まあもちろん、私はあんたたちの仲について干渉するつもりもないけど」
「それは、まあ……」
「私に言わせれば、どいつもこいつも神経が繊細過ぎるのよ。別に人にどう思われようが構わないじゃないのさ。正直、私は部長なんて一番芝居の上手い人間がやれば良いと思ってるから。そうすれば誰からも文句なんて出ないんだし」
「一番上手い部員?」
訊き返す樹市に、泰葉はあきれたように言う。
「楠木さんに決まってるでしょ。そんなことも分からないから、あんた主役降ろされるのよ」
「キツイな……」
「ふん。これでも私はね、入部した時から絶対に彼女に芝居では負けたくないって思い続けてきたんだから。もちろん今だってそう思ってるけどさ。でも舞台に上がった時の観客の反応を見れば分かるわよ。私だって多少なり客観視くらいは出来るんだから」
そう言うと、泰葉は視線を逸らして古びた台本の冊子を選り分け始める。
普段は何事にも自信過剰な泰葉が、こんな表情を見せるのは初めてだった。
確かに一年の頃から舞台の上で華やかな役どころを担ってきた楠木香沙音と比べると、泰葉は地味な端役に就くことが多かった。そう考えると、むしろ泰葉の普段の挑発的な言動は、秘めたコンプレックスの裏返しだったのかもしれない。
これまで知らなかった意外な一面に驚く私の顔を見て、泰葉は資料の束を机の上で整えながら言う。
「結も大変ね。瀬能みたいに察しの悪いボクネンジンと一緒に居ると」
「ま、まあ……それは」
「なんで俺が朴念仁なんだよ」
「ま、あんたがやる気を無くして役を降ろされるのは勝手だけどね。少なくともあんたと一緒の舞台に立てるのを楽しみにしてる人間が居たってことくらいは、しっかり覚えておきなさいよ」
「俺と……一緒の?」
「もういいわよ。てんで話にならないんだから。は、何よこれ。全然片付いてないわね。まずは公演記録と名簿の整理ね。パンフと台本は年代別にバインダーに綴じていかなきゃ」
話し過ぎたと思ったのか、泰葉は顔をしかめると茶色く変色したパンフレットを傍らのゴミ箱に放り込む。
きっと泰葉は、私が演劇部に入った理由にもとっくに気付いているのだろう。
そして私と樹市と楠木香沙音の間の、微妙な距離感にも。
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