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「……踊っていたのではありません。ほら、えっと、……あ、あやしい儀式のようなものです。ハウストにもそう見えたでしょう?」
「そんな下手くそな誤魔化しで俺が誤魔化されると思っているのか」
「…………誤魔化されてください。お願いですから」
「そんな顔で願われて、それを聞けるわけがないだろう」
そう言われたかと思うと腕を掴まれて強引に抱き寄せられました。
慌てて離れようとしましたが片方の手が掴まれ、もう片方の手は腰に添えられます。
「……ハウスト、これはっ」
「付き合ってくれ。今夜、最初で最後の相手はお前がいい」
「……あなた、まだ誰とも……踊ってないのですか?」
「俺が自分から進んで踊るような男に見えるか?」
「でも、誘われたでしょう?」
「まあな。だが踊る必要のない相手ばかりで断った。外交上必要な相手なら仕方ないが、そうでないならいらないだろ」
当たり前のようにハウストが答えました。
彼にとっては何げない言葉の一つかもしれない。でも、私は嬉しくて胸が一杯になる。
「演奏はないが円舞曲は三拍子だ。最初は俺に合わせて動け」
「は、はい」
ゆっくりとハウストが動きだし、それに合わせて私も足を動かしました。
慣れないステップと体重移動に苦戦しましたが、その度にハウストがフォローしてくれます。
「足の動きも繰り返しだ。すぐに慣れる」
「はいっ。こ、こうで、こうで、こうですねっ……」
「そうだ、やはりお前は器用だな。覚えが早い」
「ありがとうございます。あなたのリードが上手なんです」
ハウストに褒められて嬉しいです。
何度か繰り返すうちに円舞曲の動きにも慣れて、ハウストを見つめる余裕も出てきました。
ハウストを見つめたまま覚えたばかりのステップを踏み、タイミングを合わせてくるりと回ってみせる。
「こうで、こう、ですよねっ」
「上出来だ」
「ありがとうございます」
嬉しくなって、またステップを踏んでくるりと回ってみせます。
だんだん出来てきましたよ。ステップを踏むのも楽しくなってきました。
やっぱり私でもちゃんと出来るじゃないですか。
自信が出てきたところで深くステップを踏み込みました。
「あっ、しまった!」
がくりっ、体が崩れ落ちてしまう。
ステップに体重移動がついていかなかったのです。
「ブレイラっ」
咄嗟に抱き寄せられて転ぶ失態からは免れました。
でも、もしこれが舞踏会の最中だったらと思うとゾッとします。
円舞曲に慣れてきたつもりでしたが、まだまだ自分のことだけに精一杯でハウストと呼吸を合わせるということが出来ていなかったのです。
「……やっぱりすぐに出来るようになるものではありませんね」
踊りを止めて、ため息とともに言いました。
どれくらい練習すれば人前でも上手く踊れるようになるでしょうか。
どれくらい上手くなれば、ハウストは私を舞踏会に連れて行ってもいいと思ってくれるでしょうか。
視線を落としてしまうと、ふとハウストが口を開く。
「出来なくていいだろう」
ハウストがさらりと言いました。
その言葉に唇を噛みしめます。
気を抜けば視界が涙で滲みそうになりました。
「…………それは私に必要ないからですか?」
「そうだ」
「……そうですか……」
いずれ、そう遠くない未来に、ハウストとお別れする時がくる。
これは限りなく確信に近い予感です。
だって私は耐えられなくなる。
私はハウストを独占したいのであって、誰かと分かち合うことなど出来ません。
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