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『……あれ? 案外ダメージ受けてるんじゃない?』
佐代に殴られひとり取り残されたレストラン。
神楽は頬に伝う一筋の軌跡を見た。
「……?」
意味が分からなくて窓ガラスに映る自分をしばらく眺める。
恐る恐る指で頬に触れる。
確かに涙だった。
なんだこれ。
どうしてこんなものが……意味が分からない。
『彼女が大事だったんだね』
ひそひそと話す声に急激に居心地が悪くなり、頬を拭って店員にチェックを告げる。
カードで支払って立ち上がり店を出る。
そうじゃない。
まず、彼女でもない。
大事?
全然違う。
あの女は、神楽家の人間にとっては殺してやりたいほど憎い存在。
傷付けて、泣かせて、捨てたところ。
なんで『意外』みたいな反応されなくちゃいけないんだ?
何も知らない奴が勝手なこと言うな。
消化できない何かを腹に抱えた神楽は、家に帰る気にはならずタクシーに乗る。たどり着いたのは六本木にあるサパークラブ。
店内はゴージャスながら全体的に国際的な雰囲気が漂っている。DJが音を鳴らすちょうどいい騒音の中、カウンター席に座る。
このバーには、大使館勤務の人間や近くの企業の外国人が多数やって来る。今店内にいるのもほとんどが日本人ではない。ここに座っていれば、一晩の相手と出会える。
「隣、いい?」
グラス片手にナッツなんかをつまみながらぼんやりしていると、佐代とはまったく違う造形の女が現れた。
「いいよ」
神楽はフレンドリーに微笑み、その女性を迎え入れる。
目が青く、金髪で、背が高く、日本語じゃない。
行為がストレス発散でしかない価値観の、あと腐りなく別れられる女。
好みの女。
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