「離縁する」「はい、よろこんで」

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「離縁する」「はい、よろこんで」

「横柄で不親切で思いやりのない態度に加え、その醜さはなんだ。デブで不細工で性格が悪いなどと、最低な女だ。おまえにくらべ、このビクトリアの美しいこと。しかも、聖女のように穏やかで親切で気遣い抜群だ。この二年、夫婦でいてやっただけでもありがたく思え。おまえなど、顔も見たくない。すでに皇族の許可を得、手続きはすんでいる。おまえを離縁する。さっそくビクトリアが移ってくるからな。荷物をまとめてとっとと出て行け」  不倫相手のビクトリアを侍らせて堂々と宣言したのは、つい先程まで夫だったセシリオ・グレンデス公爵である。  ここは、グレンデス公爵家のエントランス。彼は、ビクトリアを連れて堂々と戻ってきた。そして、わたしをここに呼び出して先程の宣言をした。  グレンデス公爵家の執事やメイドや料理人や雑用人たちが、興味津々というよりかは「ざまぁみろ」と悪意のある表情で見守っている。  この場にいる全員が、このデブで不細工で性格が悪いこのわたしがどう反応をするか、楽しみにしているのを感じる。  落ち着くのよ、わたし。  彼が結婚前から平気で浮気をしていることは知っている。わたしだけでなく、だれもが知っている。知らない人の方がいないくらい、だれもが知っている。ついでに、いつかわたしが離縁されることもだれもが知っている。  推測や噂の域をでない。そんな不確かなことではない。ぜったいに離縁されると、だれもが知っている。ただ、その具体的な時期がわからないだけだった。  唯一、だれもが知らないことがあるわね。知らないというよりかは、絞り切れないということかしら。  それは、彼が数いる浮気相手の中のどのレディを選ぶかということ。  使用人たちは、次はどのレディが「奥様」になるのかについて賭けをしている。その賭けは、サロンや紳士クラブ、淑女クラブといった上流社会の溜まり場や、街の高級クラブなどでも行われている。  いま目の前にいるビクトリアが、次のグレンデス公爵夫人になるらしい。  わたしは、彼女の真実を知っている。厳密には、彼女のたくらんでいることをつかんでいる。だけど、それを彼に教えてあげるつもりはない。なぜなら、彼はわたしの言うことなどききたくないでしょうから。  それはともかく、いま繰り広げられているこのつまらない芝居を、わたしはどう演じたらいいのかしら?  ここにいる観客たちの期待に応える?期待に反してみる?それとも、さっさと舞台を降りる?  そうね。何も観客たちをよろこばせてやる義理などない。ましてや、役者たちも。  なにより、バカバカしいしつまらなさすぎる。  王道の修羅場劇ではなく、もっと趣向を凝らしてくれれば、わたしだってのってあげなくもなかったのに。 「はい、セシリオ様。よろこんで離縁を受諾いたします。あたらしい妻のビクトリアとどうかおしあわせに」  いままで一度だって見せたことのない満面の笑みを浮かべ、ぽっちゃりな体型用のドレスの裾を上げて優雅に挨拶をした。  そして、さっそうと歩きはじめた。  自分の部屋に向かって、ではない。  外に向かって。  部屋に置いている物など、何一つ持って行くつもりはない。だから、荷物をまとめる必要もない。  わたしってば、最後まで嫌な女だったわね。悪妻だったわ。  さようなら、セシリオ。何も知らないまま自滅なさい。そして、このアラニス帝国の公爵家筆頭のグレンデス家を潰してしまうといいわ。  屋敷を出て門へと歩きながら、笑わずにはいられなかった。
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