恐竜に乗れた日

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 高校に入って間もない頃、私はとても忙しかった。  身の回りのことをなんでもやってくれていた母が、入院したからだ。  今日も院内で見つけてしまった。  車椅子に乗りながらスマホとポテトチップスを握る太った男性と、その人を押す息子の姿。    とにかく二人とも癖が強くて声が大きいから、普通にいるだけで目立ってしまう。  そして彼らはなぜか、人の目に付く変な行動をとる。例えば今日は、広い廊下があるのにわざわざ狭い外来の椅子の隙間を通ってエレベーター前まで向かっている。  近くに座っていた子連れの女性が、眉をひそめ、首を傾げて彼らを見ているけれど、だいたいそういう視線には気が付かない。  野球中継を観ているのか「打て、打て!」と二人で叫んでいる。  その後すぐに「うわー!」とか「ガハハハ!」という品のない声が聞こえてきた。    お婆さんを連れた大人しそうなおじさんも、電子会計機に診察券を突っ込みながら彼らのほうを向いていた。  ここが病院だということをまったく自覚していない二人の立ち振る舞いが信じられなくて、売店へ向かおうとしている私の足は、しばらく正面玄関付近で止まっていた。  二人のことは何度も見かけている。土曜日の午前10時頃はこの人たちが来るってこともわかっていた。  できるだけ鉢合わせしないようにもう少し早く家を出るつもりだったのだけど、昨日疲れて早く寝てしまったせいで一夜干しとなった洗濯物を急いで取り込んだり、溜まった食器を片付けたり、友達から来ていたLINEを返したりしていると、8時半に家を出るつもりが、9時半になってしまった。  今、家の事はほとんど私がやらなければいけないから大変だ。お父さんも弟の仁志も口だけで何もしてくれないし、最近本気で生きることに疲れている、私。  売店で朝ごはんを選んだ後、エレベーターの隣にある階段で3階まで上がった。
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