第三十六話

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第三十六話

 中央魔国に来たとあって、アリアとカイネはまったく落ち着かなかった。そんな王女たちに付けられた世話役は、気を利かせてか人間の見た目に近い魔族の女性が選ばれていた。角がある以外は本当に人間っぽい感じである。 「今回、アリア様とカイネ様のお世話を仰せつかりましたチュオと申します。会合中の短い期間ではございますが、きちんとおもてなしをさせて頂きますので、どうかご安心下さい」  人間たちが一般的に持つ魔族のイメージとは違い、とても物腰が柔らかく、ごくごく普通の使用人という感じである。 「この中央魔国の城に勤める使用人は、いかなる客人に対してもきちんと対応できるように躾けられております。もちろん人間相手でもそれは変わりませんので、会合中以外はどうぞお寛ぎ下さいませ」  チュオはそう言って、深く頭を下げていた。本当に魔国に居るのか疑うレベルの使用人である。  チュオの言葉にアリアとカイネはひとまず安心したが、とある事に気が付いてチュオに尋ねた。 「イル様はどちらでしょうか」 「イル様でしたら、お隣の部屋でございます。本当はご一緒の部屋がよかったのでしょうが、あいにくこのお部屋は二人用でございまして、やむを得ず分けさせて頂きました」  チュオは心苦しそうに二人の質問に答えた。とりあえず隣の部屋だと聞いて安心した。現状ではチュオは心強い味方のようだが、ここは人間からすればアウェイの地、油断は禁物である。二人は警戒を怠らないように心を決めた。  一方で、アリアとカイネという二人の人間の王女を相手にする事になったチュオも、二人に対して警戒をしていた。人間と魔族の間には、そう簡単には取り払えない壁というものがあるのだ。中央魔国の王から命令されたので、彼女は仕方なくこの役目を果たそうとしているだけなのである。  とはいえ、双方ともにちゃんと気持ちを理解できるので、すれ違いは起きないと思われる。引っ搔き回す事があるとすれば、それはイルだけのはずだ。 「それでは、食事の準備がございますので、一度ここで失礼させて頂きます。準備ができ次第、呼びに参ります」  チュオはそう言い残すと、頭を下げて部屋から出て行った。  部屋に残ったアリアとカイネ。何と言うか、チュオは信用はできそうな使用人ではあった。仕事はできそうな感じではあるし、接していて感じの悪いところは見受けられない。しかし、ただ何となく、手放しで完全に信用できるかと言ったら、それはまったく別の問題だった。  ここは魔国。それもその中心たる中央魔国である。人間嫌いが多く集う場所なのだから、二人の警戒も当然としか言えなかった。魔物の群れに放り込まれた赤ん坊のような状況なのだ。イルの事は気に掛かるが、チュオが食事に呼びに来るまで部屋でおとなしくしている事にした。  そのイルだが、一人客室に放り込まれて、絶賛ベッドの上で転がっている最中だった。一人にされてしまったので暇を持て余しているのである。その絶賛ふてくされの中、不意に客室の扉が叩かれた。 「失礼致します、イル様。中央魔国の魔王様の命によりイル様の使用人を申し付けられたガーネでございます。入っても大丈夫でしょうか」  扉の外から聞こえてきたのは、どう聞いても子どもの声である。警戒はしたいところだが、一人で暇をしていたのでちょうどいいと、 「いいわよ、入ってきて」  イルは入室を許可した。 「失礼致します、イル様。私はガーネと申します。まだ見習いですが、精一杯失礼のないように頑張りますので、よろしくお願いします」  入ってきたガーネは思った以上に小さかった。それこそ年の割に小さいイルよりもさらに小さかった。なんとも使用人としては頼りなさそうだったが、イルは退屈しのぎにはいいかなと思って、ガーネに近付いた。 「ガーネっていうのね。ちょうどよかったわ、退屈だから話し相手になってくれる?」 「は、はい。イル様がよろしいのでしたら」  というわけで、イルは暇つぶしの話し相手を手に入れた。  結局、隣の部屋のアリアとカイネが食事に呼ばれた際に部屋を覗きに来るまで、二人はずっと話し込んでいたのだった。
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