在りし日々と炎の記憶 ‐Ricordi di vecchi tempi e fiamme‐

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   半開きとなったドアの隙間から中を覗くと、こちらに背を向け机に(かじ)りつく兄の姿があった。何か書物を漁り書き留めているようで、その傍らにはいつぞや彼にあげた木の実が飾られている。 「ダイアンシス……?」  ぽつりと溢した声にも気づかない様子で、ああでもないこうでもないと独りごち、纏う雰囲気は鬼気迫るものだ。  駆け出せば手が届くほどすぐ目の前にいるのに、今はどこか兄が遠くに感じられて、言い様のない不安に襲われる。するとようやくこちらに気づいたのか、筆を置いて半身を捻り、おやと振り向く。 「なんだ、ダリアか」  久々に見る兄の笑顔は酷く(やつ)れており、瞳からも覇気が失われていた。ゆっくりと椅子から立ち上がり、こちらにやって来た彼は、目線を合わせるようにしゃがみ込み言う。 「まだ起きてたのか」  なんだか久しぶりに面と向かって兄と話す気がして、ダリアは嬉しさに頬を上気させながら答える。 「うむ、おトイレしてたのだ」  にぱっと笑い自信満々にそう言ったダリアを見て、ダイアンシスは唇に弧を描き、ぽんと頭に手を置く。そしてわしゃわしゃと金色の髪を撫で、ズボンに入り込み捲れたシャツの裾を直す。 「そっか。兄ちゃん最近構ってやれなくてご免な」  その言動は、以前の大好きだった兄そのもの。兄が言い終えるより早く、ダリアはすかさず懐に飛び込み、ふるっと大きく(かぶり)を振り服を握り締めた。  
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