たちんぼ

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たちんぼ

 働き方改革といえども、現実は仕事の量が減るわけではない。雨の中、残業を終えた私はオフィスがある繁華街の通りを抜け、仕事の疲れを癒やすために風俗店とラブホテルが立ち並ぶ通りをふらついてた。  同期でやり手の女上司にこき使われて気持ちは殺伐としていた。 ――黙っていれば美人なんだけどな―― 人一倍仕事熱でそこに男女の差がないということを身を持って示してくれた。。若い頃は同期ということもあり、互いに気の置けない数少ない仲間だった。その時はとしても気にはなっていた。それがいつしか上下の関係となって、仕事以外の話をすることなくなっていた。  久しぶりに歩くこの通りは違法なガラの悪い客引きや外国人が屯していたが、ましてこんな降りの日には人通りも少なく閑散としていた。 「今日は空振りかな……」そんなことを思いながら歩いていると、一軒のラブホテルの前に、傘もささずにポツンと立つ人影を見つけた。近づくとショートヘアで小さく華奢な立ち姿、どうも男の子らしい。最近では男のたちんぼも珍しくない。  今夜のような降りの雨は冷たさが身体に沁みる。早く帰ろうと無視をして通り過ぎようと思ったが、それが捨て猫を見つけてしまったような思いに駆られ不憫だった。しかし不幸なことに傘は一つしか持っていない。近くにコンビニでもあればビニール傘でも買って恵んてやっても良いが、残念ながら見当たらない。今、私がさしている傘を差し出してしまえば今度は私がずぶ濡れになる。かといって、この子を“買う”わけにもいかない。私は至って“ノーマル”な性癖の持ち主なのだ。こんな日はふくよかで抱き心地の良い女性を抱きたい。そう思うと疲れた身体であっても一点に血液が集中するのを確認できる。そんな欲望を持ちながらも、私の良心は彼に惹かれている。マスクと雨で曇ったメガネを拭いながら、もう一度彼を見ると、彼も私をじっと見つめている。 「目が合った……」こうなれば年貢の納め時だ。しかし彼を買うわけではない。雨をやり過ごすために彼をホテルに誘うのだ。私は彼に近づくと、 「ねえ、ここにいてもこんな日は駄目だよ。」と話しかけた。彼の側に寄ると思っているよりも小柄だった。短いといってもやや長めの頭髪に、その顔は黒いマスクで半分は隠れていても、疑うことない彼は美少年と確信できる。まつ毛は少女のように長く、瞳は美しく物悲しいく私の顔を見つめている。そして雨に打たれるその姿は、恐らくそういう癖の持ち主ならばジャストフィットするだろう。そういう私も違う世界の扉を開いてしまいかねないほどだった。 「おじさん、ホテル別で生三万。どう」  じっと私の目を見つめながら、男にしてはやや高めの甘い声で訊いてきた。“おじさん”確かにそういう年齢に差し掛かっているが、まだ若いと思っていた。雨と仕事ででヨレヨレになったスーツを着ている私は彼から見れば充分おじさんなのだろう。 「いや、私はそういう趣味はないんだ。けれどこの雨の中じゃ風邪を引くからさ。私も今晩は家へ帰るのは諦める」 「お金欲しいんだ。ただホテルに泊まるだけなら駄目」彼は私から一切目を逸らさずに言った。 「困ったな……」かと言ってこのまま無視もできない。 「よし、君を抱くかどうかは部屋に入ってから決める。とにかくこんなところにずっといると風邪どころか肺炎になるからさ」  私は彼の手を掴んでホテルの入り口へ引き込んだ。握った手はとても白く細くそして冷たかった。  彼は部屋に入ると入口でじっと立っていた。私は、鞄を金庫に入れると鍵を締めて鍵を腕に巻いた。 「とりあえず、マスク外しなよ。名前は」 彼はゆっくりマスクを外した。血色が良ければ間違いなく紅顔の美少年だろう。しかし青白く冷めた顔は陶磁器のように美しく、吸い込まれそうになる。私は思わず見惚れた。 「なお……って言います」 「ナオ君か、よろしく」 「よろしくお願いします……」 返事が子供のように幼かった。 俯く彼は少女のように小さくくしゃみをした。 「とにかくシャワー浴びて温まりなよ。君がシャワー浴びている間に何か食べ物頼んでおくけど、何が食べたい」 「いいんですか」 「だってそうだろう。私も腹は減っているよ」 「すみません、じゃあエビピラフを」彼はそう言うと、脱衣所へ向かった。 ラブホテルといえども、この部屋は至って普通のホテルと変わらない間取りだった。 彼はシャワーを浴びてバスローブを羽織って出てきた。シャワーの温かさで上気した彼の顔は当まさに紅顔の美少年そのものだった。私の一点は彼の逆上せた顔に反応してしまった。 「ごめんよ、シャワー浴びている間に飯が来たから先に戴いたよ。」 「さてと今度は私がシャワー浴びてくる」 「じゃあ戴きます。」 「ああ」 私はスーツとワイシャツを丁寧にハンガーに掛けてから浴室に入ってシャワーを浴びた。 シャワーの蒸気が立ち込める中で私は彼の裸と行為を想像した。彼はあの容姿から間違いなく“受け“だろう。あの端整な顔が少女のように上擦るのを想像すると、私の性癖が男女の垣根を越えるのが判った。 私は彼に激しく欲情をしている。 「ナオを抱いて犯したい。ナオのチ○ポを強く握りしめてしごいてやりたい。ナオのア○ルに私のを……」 陰茎は激しく脈を打ち、私は抑えきれない背徳的な感情に支配された。 私はわざとバスローブを着ないでバスタオルを腰に巻いた姿で浴室を出た。相変わらず陰茎は大きく脈を打ちバスタオルから主張している。 彼はベッドの上でちょこんと座り、ちょうどエビピラフを食べ終えてペットボトルのお茶を飲んでいた。 私は彼の前に立ちはだかった。 彼、いやナオは、私の威圧的な姿を呆然とした顔で見つめていた。 私はナオのバスローブをむりやり脱がそうと襟元を掴んだ。彼ははだけそうになった胸元を隠そうとしたが、私の腕力に負けてベッドに倒れ込んだ。その姿はまるで処女を奪われるのを恐れる少女のように見えた。 「誘っておいて、それはないだろう」私は息を荒くしそう言うとナオに覆いかぶさり襟元を掴むと胸を開けさせた。 私は自分の目を疑った。ナオの胸はほんの少しだが、膨らみがあり、その小さく二つ並ぶ小山の頂には突起が薄紅色に色付いて桜の蕾のように膨らんでいた。 「まさか……」私は声を出してナオからバスローブを剥ぎ取った。 ナオの股間は僅かに薄い恥毛が産毛のように生えているだけで、私が浴室で期待した男の印は無かった…… ナオは私の驚嘆した顔を見つめて少し笑みを浮かべて言った。 「おじさん、何を勘違いしていたの」 「・・・・・・」 私はその言葉に我に返った。同時に陰茎が元の大きさに急速に落ち着いていった。 ナオは、 「嫌だな、おじさん。さっきそういう趣味がないって……ボクのことを先入観だけで見て」 とせせら笑い、バスローブの乱れた襟元を戻すと身体を起こしてそう言った。 私は彼……いや彼女に何も言うことができず呆然とした。そうだ。私は何に興奮していたのか。彼女の言うようにノーマルではなかったか…… 「それじゃあ、もう出来ないね」 ナオは私を軽蔑するように再び、薄ら笑いを浮かべた。 「ごめん、つい……違うんだ。そういうつもりじゃ……」 私はつい謝罪の言葉を発してしまっていた。ただ、その後が続かなかった。 ナオはテーブルのペットボトルの水を一口含み、口の中で転がし飲み込んでから唇を舐めずりした。 その姿は“女”そのものに見えた。 するとナオは力なく落ち込む私の腕を取り、ベッドへ引き込んだ。ナオの腕力は女のだったが、私はなされるがままベッド上の彼女の元へなだれ込むと、僅かな膨らみしかない薄い胸に吸い寄せられた。ナオの胸元からは女性特有の甘い香りがした。 ナオは、力ない私の様子を茶化すようにケラケラ笑った。私も釣られるようになんだか可笑しくなって一緒になって笑った。 「ねぇ、せっかくだから抱いてよ。だって濡れてるんだ」 私はその言葉に強く引き込まれ、再び陰茎に血が通うのを感じた。 ようやくここで私は自分が全裸だったことに気づいた。ナオは私の身体を見ながら、 「おじさん、いくつ。男の人なのにスベスベしてきれいな身体してる」 と言って細い指で私の胸の先を弄くり回した。私は思わず喘ぎ声が出てしまった。 「やだ、おっぱいで感じてんだ。おじさん、もしかしてM」 ナオは先程より、より口角を上げて笑いながら私を責めた。  私は今までにない恥辱に興奮しながらも、この女を自分の陰茎で屈服させてやりたいと思った。その思いとは別にナオの指による愛撫により私は陰茎と胸の先を同時に硬直させていた。 「ほうら準備できたね」 ナオはそう言うと、今度は私に覆いかぶさって跨がって自分の(なか)に私の陰茎を挿入しようとした。 「ちょっと待って、ゴムは」 私は慌てて彼女身体を引き剥がして立ち上がろうとした。 「いいじゃん、生のほうが気持ち良いし。ボク、安全日なんだ。おじさんだってヤリたいんでしょ。で」 私は急に恐ろしくなった。確かに女を買いたいと考えた。それはモラルの範疇での話だ。仮にナオが男でもそれは守ろうと思った。しかし目の前にいるナオはそんなモラルを吹っ飛ばすような牝狐だった。こういう娘が仮に妊娠しても簡単に堕ろすだろう。いや、そんな女は山程いる……と思う。しかし、何故か私はナオに興奮しながらもナオを抱いてはいけないようなちぐはぐした貞操観念に駆られた。 私はナオに向かって、 「ちょっと話さないか」と問いかけた。 「ダメ。私メチャクチャおじさんとたい。こんなにしてまだそんな綺麗事言っているの」 確かにそうだ。最初に襲いかかったのは私だった。 「説得力ないな。ギンギンにして正しいこと言っても通用しないよ」 ナオは饒舌に追い打ちをかけた。 ――私はナオに観念した―― 「外に、外に出すからな」 私は念を押した。 「全然、膣内(ナカ)でも構わないのに」 私はナオの入り口に陰茎を当てた。 「ん……んっ」 小さなうめき声をあげながら彼女は自分の腰を押し付けた。華奢な身体に包み込まれるように簡単に挿入された。 私は上下に腰を動かすと、ナオの薄い胸が小刻みに揺れた。 「おじさん、すごい、すごい。イイ」 女としては、ややハスキーにも聞こえるナオの言葉に私の征服心の炎更に燃え上がった。 しっかりと両手を跡が付きそうなくらい強い力で細い腰を掴むと一心不乱で私は腰を振った。(たぎ)った陰茎を奥に押し込む度にナオは激しく悲鳴にも近い声を上げた。 それでも私はナオの奥に出さまいと、射精の寸前で引き抜き、ナオの身体に白濁した体液をかけた。まるで雄鮭が雌鮭が産卵した卵に射精するように…… その勢いは身体だけではなく、顔にも飛び散っていた。ナオは飛び散った体液を指で掬うと口元へ持っていき味わっていた。 「おじさんのオ○○ポ気に入った。まだ、出来るよね。ボクたくさんイきたい」 それから何回射精しただろう。最後は射精感はあっても精液は出ていなかった。ただナオの中に出すのだけは細心の注意を払った、と思う……よく覚えていない。彼女は私の体液でぐっしょりと汚れた。  くたくたになった私とナオは浴槽に湯を貼りながら二人でシャワーを浴びた。改めて見るナオの身体は女性特有の丸みがなくエッヂが効いた少年のようだった。  湯船に浸かりながらナオは私の上に座り、振り返り際にキスを求めた。舌を絡ませた長いキスを終えると、 「おじさん、ちゃんとお金は払ってね」 と私に釘を刺した 私はなんだかナオの顔を見るのが恥ずかしかった。この少年のような女の子にまんまとしてやられていた。 「ああ、弾むよ」 「ボク、良かった」ナオは私に確認するように訊いた。 私は小さく頷いた。こんなこと聞かなくてもわかるだろう。 「やったね」 ナオは無邪気な少年のような声を上げると浴室から出た。  私は後から風呂から上がると、ナオは洗いざらしの髪の毛もそのままにベッドに横たわっていた。そして、 「ねぇ、ボクが男でも抱いてくれた」と質問してきた。 「んん……」私は返答に困った。 「ごめんね、今の質問忘れて」ナオは遠くを見てそういうと、逆向きになって黙った。しばらくすると寝息を立てていた。  朝目覚めると自分が何処にいるのか分からなかった。慌てて時計を探して確認すると、まだ朝の五時を回ったばかりだった。傍らではナオがしっかり私に抱きついて寝ていた。乱れたバスローブから覗く細い脚がやたら淫らに思えた。  ナオが目を擦りながらか「もう朝……」とつぶやきながら起きた。 「ごめん、起こしてしまったかい」 ナオはあくびをしてから、飛び上がるように身体を起こすと乱れたバスローブの胸元を抑えて恥じらいの表情を浮かべた。昨夜、あれだけ二人で乱れたのにも拘わらず、急に女の子になった様子で可笑しくなって笑った。 「何よ」 ナオはそういじらしく言うとピョコンとベットから降りてペットボトルの水を一気飲みした。 「おじさん、今日は仕事行くの」 と訊いてきた。 「そのつもりだけど……」私が返すと、 「サボっちゃいなよ」ナオは即答した。 「それはできないよ」 「なんでさ」 「仕事は仕事だもの」 「なんのために働くの。生きて楽しむためでしょう。仕事をするためじゃないでしょう」 何故かナオは強く反論した。それは正論である。しかし、世の中正論だけでは生きていけない。 「君を抱くために、は理由にならないかな」 私はナオの頭をポンポン撫でるように叩いた。すると、ナオは大声を上げて泣きはじめてしまった。私は慌てて、 「ごめんな、変な事言ったみたいで」 と謝った。ナオは暫く泣き止むことなく、声が枯れるまで泣き続けた。 「わかったよ。今日は休むよ」 と、観念した。なぜこんなに泣いたのか理解できなかったが、私の言葉を確認するとナオはニヤッと笑った。本当にこの娘には敵わないと思った。 「ねえ、一日遊ぼうよ。ボク遊園地に行きたい」 ナオは私の顔を目をキラキラさせてねだった。 「わかったよ……その前に朝飯だ」 「うん」 ナオは勢いよく返事をした。 私達はチェックアウト時間ギリギリまで昨晩のように交わった。いや、私はもっと優しくナオを抱いた。不思議なことに何度果てても疲れを感じなかった。まるで十代の精力が有り余る頃のようだった。  私は会社に休む旨を伝えた。いつもヒステリックで会社を休むなど考えられないと言ってしまうような同世代の女上司に若干の不安があったが、 「昨日の雨に濡れたようで熱がある」と話すと、あっさり許してくれた。オマケにとても体調を気にかけてくれた。その心配する声に少しだけ申し訳ない気持ちになった。 電話中に私はナオに親指を立ててサインを送ると、彼女も同じように親指を立てて返した。 「その女上司(ひと)おじさんに気があるんだよ。」ナオは何の根拠もなく言った。 「まさか」私は鼻で笑って返すと、 「ううん、絶対そう。今度ご飯に誘ってみれば。おじさんの誘いだったらホテルまで付いてくるよ」 ここまで言い切れるのはなぜだかわからないが、不思議な説得力があった。  チェックアウトを済ませて外に出ると、朝のラブホテル街は昨夜降った雨の影響で空気は冷たく厚い霧で霞がかっていた。人気(ひとけ)は全くと言ってよいほどなく、路上に出されるゴミだろうか、若干嫌な臭気が立ち込めていた。  ナオは私にぴったりくっついて離れない。 私達はその場を急ぎ足で離れると、朝食を食べられる店を探した。大きな通りに出ると、24時間営業のファミリーレストランを見つけた。私とナオは朝食セットを頼んで黙々と食べた。昨夜と今朝、激しく交わった後だ。私はもちろんナオも腹は減っていたのだろう。ナオは一見粗野に見えるが、小さな口に少しずつ白米を運ぶ姿は品よく可愛らしく見えた。 「君はいくつなんだい」私はナオに質問した。 「ん、秘密。言ったらおじさん、私と一緒に遊んでくれないと思うから」 「なんだいそりゃ。言えないってまさか……」未成年だったら、確かに困る。しかしもう事後だ。しかし出会ったときには考えもしなかった。今更ながら迂闊に思った。 「だから、秘密。知らないほうがお互いに良いでしょ」 一理ある。  私とナオはファミレスを出ると、出勤する人波に逆らうように駅へ行き遊園地を目指して電車に乗った。朝の山手線では混雑するだろうと、地下鉄に乗って目的地へ向かった。 車内はそれほど混雑していなかった。私とナオは椅子に腰掛けて静かに乗り換えの駅に到着するのを待った。時折ガラス窓に映る私達の姿は何処か浮世離れしたように映った。  現実から逃避行するように電車に乗っている私……  まるで幻を見ているかのように現実感がないナオ…… 私は、窓に映っているのは幻ではないかと、度々ナオの姿を確認した。ナオは私の視線に気づくとその度に笑顔で私の顔を見た。僅かな時間だったが、それが永遠のように感じた。  遊園地へ到着するとナオは、 「おじさん、。全部のアトラクションに乗れるから、パスポートがお得よ」と私を急かした。もうここまで来ると、ナオの言うなりだ。そのとおりパスポートを二人分購入した。 ―一晩で結構使うな―― かなりの出費をしたが、まあ、たまには良いかもしれないと思い始めていた。 受付から、パスポートを受け取るとナオは私の腕を取り、遊園地へ急いだ。  アトラクションには端から体験した。ジェットコースターは何年ぶりに乗っただろうか。中学の頃に乗ったのが最後だったか。あの頃はまだ子供心が抜けなくて、妙に怖かった。こうやって大人になってから乗ると、怖さより、“こんなもんか”くらいの気持ちで楽しめた。  コーヒーカップにお化け屋敷。小さい子供達に混ざってヒーローショー……昼食は隣接するホテルのレストランでビュッフェを食べた。その時だけ、現実に帰ったようだった。一日バカみたいに遊んだ。こんなこと何時以来か。ナオもたくさん笑い、私にしがみつきたくさん怖がっていた。 気づけばいつの間にか日が限り、空が茜色に染まりはじめていた。 「おじさん、あれ乗りたい」 ナオは観覧車を指差した。夕暮れに差し掛かった園内にはだいぶ客が減っていた。私達は観覧車に乗った。お互い向かい合って座っていたが、頂上に差し掛かったところでナオは私の隣に座った。 「おじさん、キスして」 私はナオの要求に素直に答えてキスをした。同時に強く抱きしめていた。観覧車が地上に着くまで抱き合った。    遊園地から出て駅に行くまで私達は無言で手をつないで歩いていた。私はクタクタに疲れていると思いきや、そうでもなかった。むしろ元気だった。あはよくは、ナオを自宅へ連れ帰りたいとまで考えていた。ホームで電車を待っていると、 「おじさん、楽しかった」 ナオが質問した。 「ああ、楽しかった。ありがとう」 私は素直にそう答えた。 「そうだ」 私はナオに報酬を渡そうと財布を取り出した。 「いくらがいい」 私はナオの言い値を払おうと思った。それだけ充実感に満ちていた。 「三万でいいよ。ボクも楽しかったから。ううん、お金いらない。おじさんが楽しんでくれたから」 「そういうわけにいかないだろう。約束は約束だ」意外な言葉に私は声を荒げた。 「真面目ね、おじさんって。ねえ、ボクが朝言った事覚えてる」 「なんだっけ……」 「電話の女の人のこと」 「ああ、アレは流石にないよ」 「ううん、おじさんに気があるよ」 すると電車が到着するアナウンスが聞こえてきた。私はナオにとりあえず五万渡した。ナオは先程の言葉と裏腹にその五万を受け取った。二回裏表枚数を数えると、二万返してよこした。 「最初の三万円だけね……」 何か言ったのだろう。しかし、電車が到着する音に掻き消された。私達はしばらくお互い見つめ合った。 「一緒に来ないか……」私はナオにそう言ったが、ナオは首を横に振った。今度は腕を掴み電車に一緒に乗ろうとしたがそれも拒んで私から少し距離を取った。私はそのまま電車に乗った。 「じゃあね、おじさん。ボクとっても気持ちよかったし、楽しかった」 ナオがそういうのと同時に電車の扉が閉まった。扉の向こう側からナオは私を見つめていた。 電車が出発するとナオの姿はどんどんと小さくなり、物陰に隠れるように消えた。    次の日、私は会社にいつもより早目に出勤した。昨日のことがえらく後ろめたく感じたからだった。私は女上司に詫びを入れると、 「しっかり休めた様で良かったわ。心配だったから自宅まで行こうと思っていたの」 と意外な言葉が帰ってきた。その表情はかつて淡い憧れを持った同僚の顔だった。 ――ナオの言った通りだ―― 「たまには夕飯でもどうかな。休んだ借りを返すわけじゃないんだけど」と勇気を振り絞り誘ってみた。すると、 「あら、珍しい」と驚き、 「でも懐かしいわね。昔はどちらからともなくご飯誘い合って食べに行ったわ」少し俯いて懐かしんでいた。続けて、 「でも病み上がりなんだから無理しないで。なんなら私が夕飯作りに行くわ。何が食べたい」 と意外過ぎる言葉が帰ってきた。私は咄嗟に 「ええと、エビピラフ」と答えた。 たちんぼ ――おしまい――
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