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待ち合わせの時間の五分前に到着すると柴田はすでに待っていた。
「そのワンピース、似合うね。可愛い」
誰から見てもデートに見えるような格好を選んだつもりなので、普段着ているものとはだいぶテイストが異なっている。
「これで大丈夫だった?」
「うん。完璧」
「よかった」
「じゃあ行こうか」
そう言われて、私は柴田の車の助手席に乗った。
今日はそのお偉いさんが幼い娘さんと隣県にある水族館に出かけるということで、私達も柴田の車で向かう。
水族館の駐車場で車を降りると、柴田は私の手を取る。当然のように恋人繋ぎをして、入口へと歩き出した。
特定の人に見せつけるのでなく誰から見ても恋人に見えるようにという注文だったので、お偉いさんがどんな人なのかは教えてもらっていない。
周囲を気にしていたら、本当に仲睦まじい恋人は演じられないから、それは別に問題ない。
というのも、今日を迎えるにあたり、私は街で仲睦まじい恋人達の様子を観察していた。
私は割と完璧主義なところがあるので、応じたからには適当に対応するわけにはいかない。
仲睦まじい恋人達は、手を繋ぐのはもちろんのこと、至近距離で見つめ合ったり笑い合ったりしている。そして楽しそうな会話やスキンシップも不可欠。他の誰も見えてないし、入り込めない、二人だけの空気、それが仲睦まじい恋人になるために必要なことだった。
そんなふうにしっかり観察してみると、これまで私は恋人に対して随分ドライだったのかもしれないと思ってしまった。ちゃんと好意はある。だけどそれを顔にも態度にもほとんど出していなかったように思う。
別に反省はしていないけど、あまり長続きしなかった理由はこれかもしれないと納得した。
「何考えてるの?」
目の前一面に広がる大きな水槽の前で、耳元で囁かれ、ハッとした。だめだ、別のことを考えていてはいけない。今日は柴田のことで頭を埋め尽くさないと完璧に依頼をこなせない。
「ううん。なんでもない」
彼に笑顔を向ける。
「そう? あ、見て。あの魚。綺麗だな」
青い世界でキラキラと輝く魚が優雅に泳いでいる。
「本当だ。あんな鮮やかな色の魚がいるんだね。綺麗」
背の高い柴田は、私に話すときには少し顔を近づけ、目を見つめてくる。彼も仲睦まじく見える演技を心得ているようだ。
きっと今の私達は誰が見ても恋人に見えるだろう。
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