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そんなカイルにダリルは目元を和らげ、背中を優しく撫でた。微かに震えを帯びたその背中に、今まで胸の奥に押し殺していたのだろう感情が溢れ出ているようだった。
「……ダリル」
しばらくして、不意にカイルが口を開いた。
「はい、なんでしょう?」
背中に手を添えたまま答えるダリルに、カイルがちらりと視線を遣る。
「……お前にあげたあの絵のことだけど、やっぱり返してもらっていいか?」
「え」
思いがけず返却の要望を受け、目を丸くする。そんなダリルにカイルはふいと視線を逸らして言った。
「……せっかくお父様がほめてくれたんだ。自分の手元に置いておきたい」
ぼそぼそと羞恥の滲んだ小さな声で言うカイルの耳は真っ赤で、その表情は見なくても分かった。
そんなカイルに、ダリルまで嬉しい気持ちになり満面の笑みを浮かべ頷いた。
「もちろんです! 俺が責任を持って部屋まで運びますね」
お任せくださいとばかりにダリルがドンと胸を叩く。
しかし、
「いや、大事な絵だからローマンに運んでもらう」
しれっとひどい返しをするカイルに目を剥く。
「ええっ! そこは『任せたぞ』っていうところじゃないですか?」
「いや、ダリルは肝心なところで転んだりしそうだから」
「う……っ、完全に否定できないところが悔しい……」
ダリルが自分の不甲斐なさにうなだれると、カイルがくすくすと笑った。
「嘘だよ。ダリルに任せる」
そう言って、カイルは再び手紙に視線を落とした。その嬉しそうな横顔を見ながら、ダリルは持ってきた紅茶とおやつをカイルの邪魔にならないようテーブルに並べた。
「……ありがとう、ダリル」
柔らかな声でカイルが呟くように言った。
「いえいえ、俺は料理長が作ったものをただ運んでるだけですから」
「そっちのことじゃない。……まぁ、いっか。ダリルらしい」
笑いを含んだ溜め息を吐くと、カイルは紅茶を口に運んでまた手紙を読み始めた。
嬉しさを噛みしめるように何度も読み直すその様子に頬を緩めつつ、ダリルは静かに部屋を後にした。
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