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そしてまた…
暫く修司に女が出来ていない事に気付いて、胸がトクンと小さく打った。俺だけにしてくれるのだろうかと、そんな期待を少し持ってしまう。関係を持って一年が経つ頃だった。
『俺達の関係って何なのかな?』
一番訊きたい事を、口にしてもいいだろうかと、そう思い始めた頃
「もうすぐ終電だぞ」
閉店して店を片付けている時に、俺の目を見ずに修司が言った。激しく胸を突く。
「そうか、ご馳走様」
動揺を悟られない様に、修司にまた女が出来ても俺には何でもない、気になんかならないと、そう思わせたくて最大限の笑顔で言ってみせた。
終電にはまだ時間の余裕はあって、修司の部屋に来るなという意味。帰り道はいつも切なくて、苦しくて込み上げる涙を堪えて歩いた事もあった。
今回はいつも以上にやるせない。もしかしたら修司にとって特別な自分になっているのかもしれない、そんな事を思ってしまっていたから。
◇◆◇
「春名君、この精算書… 」
経理部の岡野主任が、先日提出した精算書を持って営業部署にわざわざ足を運んできた。
「あ、すみません、不備、ありましたか!?」
「うん、何の為に行ったのか、記入してくれる?」
トラブルがあった得意先への、謝罪の菓子折り代で、ただ領収書を貼り付けて経理部に提出してしまっていた。
「すみません、書き直します!」
立ち上がって頭を下げると、岡野主任は優しく微笑んだ。
「提出し直してくれればいいから、そんな大層にしないで」
俺の肩をぽんぽんと叩いて、俺を見る目が酷く優しかった。
「はい、有難うございます」
もう一度頭を下げると、「うん」とひと言だけ言って、営業部の部屋を後にした。
普通なら内線電話で呼び出されるか、不備有りで突き返されるだけなのに、優しい人だな、と思う。
「春名君、お酒はいける方?」
書き直した精算書を経理部に持って行った時に、岡野主任に訊かれた。
瞬時に『メシとか、酒とか誘われても受けるなよ』の修司の言葉が思い出されたけれど、修司は女と遊んでいる。何で俺は飲みに行ってはいけないんだ、そして何で俺は修司の言う事を聞いているんだと自分が馬鹿に思えた。
「はい」
と答える。
「今夜、予定ある?」
「いえ、何もないです」
何かをぶち壊してしまった気持ちになった。岡野主任の優しい笑みに、俺も微笑み返した。
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