ダイヤモンドマンレース

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 砂浜には太陽の光が燦々と降り注いでいるが、それでも時折吹き付ける北風に肌寒さを覚えずにはいられない。『海水浴』には少し時期外れかもな。 《時間です。各選手、位置についてください》  アナウンスに促されて立ち上がる。 「リュウヤ、気をつけて。とにかく、事故のないように。ギブアップは早めにね」  真横に立つ、妻でありサポートメンバーを束ねるミユキと固い握手を交わす。 「なぁに、心配すんな。見てろよ、今年こそオレが人類だ」  大きく深呼吸をして、スタートラインへと向かう。 《用意(レディ)》  波が小さく打ち寄せる砂浜に、総勢20名の強者(つわもの)がズラリと並ぶ。それぞれが常人離れしたフィジカルの化け物……いや、或いは究極の被虐性欲者(マゾヒスト)と言えるかも。 《スタート!》  号砲とともに、一斉に選手が海へと入っていく。ウエットスーツに、足にはフィンも着けている。シュノーケリングベストのせいで少々というかかなり泳ぎにくいが、これは仕方あるまい。何しろここから15キロもの遠泳をこなさなくてはならないのだから。  横歩きのまま慎重に沖へと向かっていく。  ザブ……。  岸際から20メートルほどで水深が腰高を越えた。いよいよここからが遠泳の開始。各選手とも、ここは無理をせずじっくりと泳ぎだしていく。  オレの目の前にいるのはただ一人。優勝した前回大会に引き続き、今回もまた悲願であるオレの栄冠を阻止するべく現れた、マルコだ。トレードマークの髭面は、今年も健在らしい。 《先頭は昨年のチャンピオン、地元のマルコ選手。二番手には同じく昨年2位のリュウヤ選手が続きます。さぁ各選手、ここはゆったりとした泳ぎ。離岸流を上手く利用して、体力の温存を図りたいところでしょう》  そう、このレースは単なる遠泳では終わらない。  遠泳の後はすぐに200キロの自転車疾走(ロードラン)が待っている。その直後に3500メートル級の峰を駆け登り、そこからパラグライダーで山肌を滑空。最後にアップダウンの激しい山野をひたすら走破……。  コース全体の総延長は約1000キロ、ゴールまでは実に7日間を要する途方もないレースなのだ。  鉄人(アイアン)を遥かに超えるこのレースは、究極という意味を込めて『ダイヤモンドマンレース』と呼ばれている。  その勝者はまさに人間金剛石(ダイヤモンドマン)。オレはその称号の魅力に取り憑かれた、馬鹿野郎の一人なのさ。
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