ダイヤモンドマンレース

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「流石は地元、をよく知ってやがる……」  波間に見え隠れするマルコの頭に苛つく。  潮流に逆らうと体力ばかり食って前に進まない。だから複雑な潮目を巧みに読んでジグザグに泳ぎながら省エネ泳法に徹するのが一番なのだ。  オレは昨年ここでマルコに思いっきり差を着けられ、それをイヤというほど思い知った。だから今年は背後をピタリとつける戦略。  やがて、向こう岸が近づいてくる。 「リュウヤ、こっち! そのままで」  ミユキの声に導かれて岸に上がる。 「こっち、早く!」  フィンを脱いで自陣のテントに駆け込むと、運営のドクターがすかさずメディカルチェックを始める。例年ここで1割の選手が脱落するという。 「脈拍、体温、意識レベル問題なし」  ドクターのOKサインを背に、素早くロードバイク用のスーツに着替える。 「マルコとのタイム差は?」  リュックを背負い、折り畳み式のロードバイクに跨がる。 「5分25秒」  それでも最後は離されたか。 「大丈夫、想定内だから。ここは作戦通り、ロードはペースを維持することに専念して」  ミユキに見送られてペダルを漕ぎだす。 「やはり飛ばしてるな……」  すでにマルコの背中はコース上にない。元々自転車競技(ロードレース)全領域対応選手(オールラウンダー)として活躍していたというマルコ相手にバイクで勝目はない。タイムを削る細かい技術が違い過ぎるのだ。  マルコはバイクと得意のパラグライダーで時間と距離を稼ぎ、比較的苦手とされる最後のマラソンで失速するのをカバーする先行逃げ切りの作戦だろう。 オレは逆に自慢の持久力で登山(クライム)とマラソンで追い上げる戦略。  バイクを得意とする選手たちが次々とオレを追い越して行くのに焦れるが、ここは我慢だ。下手に先頭(マルコ)を追うと体力を消耗してギブアップになってしまう。  やがて、陽の光が山陰へと落ちていく。ここから先はナイトレースだ。バイクにつけたLEDの灯りを頼りに闇に沈む舗装路(ターマック)の上をひた走る。  ふと手首に着けたGPSに視線を落とす。時間は、夜の9時を回っていた。 「……いよいよだな」  ここから先は最大斜度10%を超える上り坂(ヒルクライム)が30キロも続く。ペダルの負担が大きい急勾配だからバイクを折り畳み、走破するのだ。己の限界を試される世界が始まる。  先行していた選手の一人が野宿の準備をしているのが視界に入る。朝からの遠泳と登坂で体力を使い切ったのだろう。無理をするからだ。そんなことではこのレースを生き残ることはできない。 「何としても夜明け前にロード区間を終えんとな……」  オレは気合を入れ直した。
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