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プロローグ
薄暗い部屋の中で目を開けると、白い天井が飛び込んできた。目覚めてすぐに香ってきたタバコの香りの方に顔を向けると、彼がベランダでタバコを吸っている所だった。開け放たれた窓から入ってくる風が少し肌寒くて、私は掛布団に包まる。彼は優しい人だけど、タバコを吸う所はあまり好きでは無い。
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫」
彼は私の方に手を伸ばし、優しく頬を触ると、キスをしようとする。その行動に私は、一瞬だけ怯んでしまった。タバコを吸った直後のキスはあまり好きでは無い。そんな私を見て彼は、伸ばしてきた手を引っ込めて、大きな溜息をついた。
「別れようか、俺達」
彼の低い声が部屋中に響き渡った。しかしとても重要なことを言われているのに、私の心はあまり乱れなかった。それどころか酷く冷静に「やっぱりそうだよね」と、思ってしまった。
「どうして?理由は?」
「だって、琴音、俺のことあんまり好きじゃないでしょ?」
「何でそう思うの?」
「ちゃんと定期的に会うし、キスもセックスもするけどさ。どこか義務的に感じるんだよ。そうしなきゃいけないんでしょ?みたいなさ」
「・・・好きだからしてたんだけどな」
「そうかな?申し訳ないけど、俺はそう思えなかったよ」
彼の言葉を聞いてしばらく俯いた後、私は黙って立ち上がって、床に散らばっている自分の下着を取った。テキパキとそれを付けて着替えると、キーケースから彼のアパートの合鍵を外した。
「帰るの?もう終電ないけど・・・」
「そんなこと言われて泊まれないでしょ。タクシーで帰るから」
彼がクリスマスに買ってくれたハンドバッグを掴んで、玄関に向かう。このバックも返した方が良いかと一瞬悩んだが、荷物を出すのが面倒なのでこれは一旦持ち帰ることにした。
「ちょっと、待って、琴音」
「なに?」
「・・・これで最後?」
「そうでしょ?だってそっちがそう言ったんじゃない」
「そっか。そうだよね、本当に・・・いや、何でもない」
「さよなら、今までありがとう」
そっちから振ってきたくせに、どうしてそんなに酷く傷付いた顔をするのだろうか。まるで被害者のような表情で悲しそうにする彼の顔にイライラしながら、私は玄関の扉を閉めた。
アパートを出て、少し歩いた大通りでタクシーを捕まえた。彼のアパートから自分のアパートまで、三千円程で辿り着くことが出来た。タクシーに乗ってる間も、とくに悲しいとか寂しいという感情は沸いてこなくて、代わりに「やっぱりこうなるんだよね」と、冷静に自己分析している自分がいた。
「俺のことあんまり好きじゃないでしょ」
ただ、彼のこの言葉だけが頭をループした。こんな言葉を投げ掛けられるのは、もう何人目だろうか。私は誰と付き合っても、結局同じ理由で別れてしまう。
無理もない。
だって私は、彼らのことを好きでは無いんだから。どう頑張ったって好きになれないのだから。
私の好きな人は今も昔もただ1人、決まっているのだからーーー。
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