東西同盟

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いくつかの会社が事務所を構えるひとつのオフィスビル。ビルの前にはツルツルに磨かれたの鼠色の石造りの広間があり、四方に街路樹が植えられている。 スーツを着た人達が、みんな無言でそのビルへと吸い込まれて行く。社員証でセキュリティーゲートをパスし、短いエスカレーターを上がると、エレベーターホールには人が溢れていた。 数基あるエレベーターは、高層階と下層階に行くものに分かれている。みんな自分のフロアに止まるものの前へと並ぶ。階段から行く人もいるがごく稀で、西春妃(にしはるひ)も例に漏れず、エレベーターを待つ列に並んでいた。さすがに6階はキツイ。4階なら頑張れるかもしれないけど。まだ休日が体に残る気怠い月曜日。春妃はいつもの下層階へのエレベーターの列へと並んだ。 「おはよう。」 低く響く声の主、上司である氷室(ひむろ)課長は春妃の隣に並ぶ。 「おはようございます。」 先ほどの気怠さは消え去り、春妃の背筋が自然と伸びる。今は課長となってしまったその人は、春妃が新人の時の教育係。 「……ぉはようございます。」 後ろから突然ボソボソ声でされた挨拶。 「ヒャッ!…(あずま)くん?おはよう。」 ぼそりと発する声の主。大学上がりのままの姿のような、目までかかったボサボサの髪に、チェック柄をズボンにインした東頼仁(あずまよりひと)。 春妃に続いて東くんに氷室課長も挨拶した。 「おはよう。」 東くんは聞こえなかったのか足速に階段へと歩いて行った。 残された二人に漂うしばしの沈黙。 「すいません。後で言って聞かせますので。」 氷室課長はふふっと微笑んだ。 「あの年齢になってまで人から教わることでも無いだろう。元々の性格だと思うし。…西くん、彼の教育係だったんだっけ?」 「…はい。」 到着したエレベーターに二人は乗り込んだ。 「すごく…仕事は出来るんです。物覚えもいいですし、ミスも無いし…速いし。」 「そうなのか。彼の話をあまり聞かないから知らなかったよ。」 確かにわざわざあえて彼の話を誰もしたりしないだろうなぁ。 「ちゃんと育ってるってことじゃないか?」 「ん〜…。一を聞いて十を知る、みたいな子でしたから。私は何もしていない気もします。」 「なら君とは大違いだ。君は不器用だったからなぁ。」 と昔を思い出すように氷室課長は笑った。 「仕事終わりにどれだけ泣きながら飲むお酒に付き合ったことか。」 「…その頃は大変ご迷惑をおかけしました。」 と春妃はふざけながらも頭を下げてみせた。 いえいえ、と氷室課長。 「それだけ真剣に取り組んでたってことだろう。今となっては懐かしいよ。」 と彼は優しく微笑んだ。 そうこうしているうちにエレベーターは目的の階へと着いた。
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