俺の城

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俺の城

 「ママー、どこー? ママー? ねえー、ママーどこー?」 俺はまだ夢の中にいた。 (ん? あれっ? 又この夢……?) 頭の中では判っている。 でも俺は、ママと呼んでいた幼かった頃の自分に戻っていた。 俺は寂しくなると、母の胸の中でスヤスヤ寝ている自分を探す夢を見る。 (それだけ辛いのかな?) 俺はそう思いながら、二段ベッドの片割れで目を覚ます。 それが常だった。  下に二つ引き出しの付いた、お子様用宮付き寝具。 それ以外何も置いてない殺風景な六畳の部屋。 此処が俺の城だ。 と言っても借家らしい。 昔、子供相手の塾だったと聞いている。 だからなのか? 壁の向こう側には物凄い空間が広がっていた。 それはゆうに教室二個分はあった。 さしずめ大会議室と言うような雰囲気だった。 でも詳しくは知らない。 何しろ母は忙しくて、四六時中家には居なかった。 そんな訳で、俺の質問もないがしろにされて来た。 本当に良くわからないんだ。 だから、独り寂しくお留守番。 ひたすら母を待ちわびながら。  でも大丈夫なんだ。 だって俺、何時も夢の中で母に抱かれて甘えていたから。 それをやりたいばっかりにこの夢を見ているんだ。 寂しくて寂しくて、知らない内に母の影を追っていた。 あの白い世界の中を、 無我夢中で。 その時に見たんだよ。 母がこのベッドの上で、俺を胸に抱いてあやしながら寝かしつけている姿を。 母の愛を感じた。 母の辛さを感じた。 だから耐えなければいけないと思ったんだ。  やっぱり寂しいよ。 そして辛いよ。母は仕事ばかりで、俺は一人きり。 でも、それでも耐えて来られた。 母の愛に支えられて。 母の胸に抱かれて眠る 子供に戻って。 あの夢の中の優しい母に甘えて。  かすかに聴こえて来る電話の音。 「何だよ。朝っぱらから……。母さん電話だよ」 寝不足なのか。 それとも寝すぎたのかもわからないまま、俺はまだフラフラの頭で母を呼んでいた。  目が覚めて、眠気眼で辺りを見渡す。 (そうか。母さんは仕事か) やっと判断して立ち上がろうとした。 ――ガーン!! その途端に頭のてっぺんをおさえた。 ベッドの上部にある明かり取りの宮から突き出した教科書置きに思いっきり頭をぶつけていたからだった。 その弾みで落ちた教科書を拾いながら、急に切なくなった。 「だからお子様用のベッドはイヤなんだ!」 俺はやり場のない怒りをベッドにぶつけた。 「俺はもう高三だ! 何時までも子供扱いしないでくれよ」 半ベソかきながら教科書を元に戻した後、ベッドの縁にある柵を超えた。 その柵に背中を押し付け、床に腰を下ろして頭に手をやった。 タンコブや陥没は無いようだったが、触るとガンガン頭に響き暫く動けなかった。 目をそっと動かす。 無駄に広い空間が更に虚しく映った。 早く電話に出なくてはいけないと気は焦る。 でも、それどこじゃなかった。  内開きのドアー。 フローリングの床。 ベッドの脇の壁側に、明かり取りと通気のための小窓が二つにある。 それぞれに、カフェカーテンが突っ張り棒に掛かっていた。 その下の僅かな隙間から見えるのは、雑木林とその手前にある自転車置き場。 其処には通学用のスポーツタイプと母用のママチャリが置いてあった。 でもおかしいんだ。 ママチャリがあっても母が居ない。そんなことばかりだったんだ。 でも一応、母の在宅率の目安にしてはいた。  反対側は壁で、塾の名残の教室に隔ててられていた。 (ベッドだけなら、半分でも足りるのに……) やるせなかった。 どうせなら、二段ベッドの片割れでも側にあればいいと思った。 (いっそ、これが二段ベッドのままなら良かった。荷物置きになるし、勉強するスペースにもなる。それに、誰かが上で寝ていてくれると想像出来るから……) 俺は暫くベッドを見ていた。  でも俺は何故か笑い出した。 (何が高三にもなってだ。さっきまで母さんを探して求めて泣いていたくせに) 目を閉じると又夢の中に舞い戻りそうだったので、慌てて首を振った。 (カッコ悪) そうは思う。 でも…… やっぱり寂しいよ。 そして辛いよ。 母は仕事ばかりで…… 俺は一人きり。 それでも耐えて来た。 母の愛に支えられて、母の胸に抱かれて眠る 供に戻って、あの夢の中の優しい母に甘えて。  俺は以前、このベッドと同じ物を見た覚えがある。 そのベッドはこれとは違って、二段ベッドだった。 だからきっとこのベッドもそうだったに違いないと思っていたんだ。 その二段ベッドも、下に引き出しが二つある。 アイツは二人っで使っていると言っていた。 俺はそのアイツ、望月眞樹(もちづきまさき)が羨ましかったんだ。 その時に、亡くなったと言ったチワワの写真を見せてもらったんだ。 あれは確か、俺が初めて携帯を買った日だった。 (あれっ……そう言えばこの頃犬の鳴き声が聴こえてこないな。そうだ、すっかり忘れていた) 過去を辿ってみる。子供の頃から何時も聴いていた、キャンキャンと言う子犬の鳴き声。 小さな小さな声。 独りぼっちの俺は羨ましくて、何処の家の犬なのか知りたかった。 でも此処は小高い丘の一軒家。 家の周りには住宅などなかった。 何故急に思い出したんだろう。 そうだよな。今とっても虚しいからだ。 それに、眞樹のトコのチワワの写真を思い出したからだ。 (そうだきっと……。ああ、誰か傍に居てくれたら寂しくないのに……)  俺は眞樹の犬の写真を見た後で、気が付いた。 犬の鳴き声が聞こえないことに。 だから俺は急に心配になって、庭で犬を探そうとしていたんだ。 きっと、崖で弱っているのではないのかと思ってフェンスを超えようとしていた。 でも、それに気付いた母が止めた。 『この先は危険だから行っては駄目』 そう言っていた。 鬱蒼とした雑木林、その先に崖がある。 小さい時からそう聞かされていた。 でも不思議だった。 其処からはあの犬の鳴き声は聞こえて来なかったんだ。 だから、空耳かも知れないと思っていたんだ。 でも確かに聞いたんだ。 だから助けてあげようと思ったんだ。  何だかんだとしている内に電話は鳴り止んでいた。 (どうせ又掛かって来るさ) 俺は高を括った。 それでも心配になって、腰を下ろしていたベッドの横から立ち上がった。 その時。 セットした目覚まし時計が勢い良く鳴り出した。 「うわっ〜!!」 勢い余って部屋の隅まで飛んでいた俺は、細長い窓にぶつかりそうになり慌ててカフェカーテンを掴んでいた。  その勢いで、カフェカーテンが突っ張り棒毎外れた。 「脅かすなー!!」 とりあえず突っ張り棒を窓枠に取り付けた俺は、急いでベッドに戻った。 さっき頭をぶつけた出っ張りの横に手を延ばし、やっと目覚まし時計の上部を押した。 「えっーー!? もうこんな時間!?」 いきなり現実へ引き戻された。 悪夢を追い払おうともう一度頭を振った時、又電話が鳴った。 俺は一階にあるリビングダイニングに急ごうとして、慌ててぶつけた箇所に手をやりながらドアを開けた。
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