3.静かな部屋

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 「これ送ったの、お前らじゃないよな」という八宗丘の問いに否定する。八柳も当然とばかりに首を振った。  俺は相手が管理人であることを知っているが、管理人が誰なのかは知らない。そして管理人が管理しているこのアプリには他言無用というルールがあったため、犯人を教えることはできなかった。話す気は元からなかったが。  昨年の十月頃に突然謎のアドレスからメールが届き、開くと勝手にアプリがダウンロードされたのだ。最初は誰かに相談しようかと思ったが、結局好奇心のほうが勝って覗いてしまった。  するとどうやら学園の一部の生徒が好き勝手に書き込むことのできるSNSらしいと知り、活用させてもらうことにしたのだ。  SNSで交流して分かったことと言えば、全員管理人からメールが送られてきたということ。他言無用ということ。なぜか名字に鳥類が入っている生徒しか招待されていない、ということだけ。管理人もたまに会話に混ざってくるが、己のことはなにも教えてくれなかった。  怪しいことこの上ないが、非常に便利なため今ではすっかりヘビーユーザーである。 「くそ、誰なんだよこのふざけた野郎は……」  それは俺も知りたい、と心の中で同意した。 「俺もすっげえ気になるけどそろそろ時間だし出発していい? ……いや俺の車だし聞かなくてもいいじゃん、すごい馬鹿だったわ今。北園さん、そろそろバス来るからバレないように追いかけて」 「かしこまりました」  北園と呼ばれた、今まで気配もなく運転席に座っていた六十代くらいの男性が滑らかに車を発進させる。  全く存在に気付いていなかったらしい八宗丘がびくりと肩を跳ねさせたが、俺は世界一優しいので見なかったことにしてやった。  車は霖道様の乗ったバスから付かず離れずの距離を保って尾行する。  仲が良くもなく、接点もない三人で会話が弾む訳もなく、車内は静まり返っていた。 「君らさぁ、どこまでついてくるわけ?」  八柳が唐突に呟く。 「霖道様の行きから帰りまで見届けるに決まってるじゃないですか」 「オレも同じく」 「あー……ハイ。よく分かりました。北園さん、ちょっと先回りして百貨店に行ってほしい」 「おい、何すんだよ」  八宗丘の問いに、げんなりした様子の八柳がヤケクソのように叫んだ。 「あのねえ、派手な髪色のキラキラしたイケメンどもが並んでコソコソしてたら目立って仕方ないの! 挟まれるモブの俺まで目立つしこんな状態で尾行なんて出来るわけないだろ!」  ――そうして、俺たちは百貨店へ連行されたのだった。  帽子とサングラスを押し付けられ、制服も普通の服に着替えさせられる。  髪色が明るいから余計目立つように見えるのだろうが、八柳も充分に注目を集める顔立ちをしている。中身は残念なオタクであるものの、外側だけ見れば人懐っこい好青年だ。そのため学園内でも密かに人気がある。  口が裂けても本人には教えてやらないが、「俺は周囲に溶け込むスキル完凸してるから」と言い張る八柳にも無理やり帽子とサングラスを押し付けておいた。  先回りして待機しておいた俺たちは、ようやくバスから降りてくる霖道様を視界に捉えた。ついでに憎き河夏俊谷も。  人や物陰に隠れながら三人で後ろをついていく。霖道様と彼がやたら穏やかな雰囲気なせいで、神経を尖らせている俺が惨めに思えて余計にイライラする。  彼が霖道様を選ぶなんて思いもしなかった。親衛隊に所属していないせいで動向を把握するのに遅れたことが悔やまれる。 「……どういうつもりなんでしょうね」 「なにが?」 「彼、デートの相手を最初あみだくじで決めようとしていたらしいので」 「はぁ!?」 「あ゙?」  二人が同時に声を荒らげる。「どこからの情報だよ」と八宗丘に問われて「うちの親衛隊の子です」と肩をすくめた。 「河夏と同じクラスの子がいるんですよ。その子が言うには、他のクラスメイトに『好きな相手がいないなら生徒会にしておけ』と言われてあみだくじで決めようとしていたのを、他の生徒に考え直すように言われてやめたらしいです」  まさかそこから霖道様を選ぶとは思わなかったのだと後輩は泣いて謝ってきたが、さすがにそれを予測するのは難しい。  今回の件で河夏のことを少々調べた。一般家庭出身で、野球部の特待生として入学してきたスポーツ少年。成績も優秀で性格に難はなく、誰とでも仲良くなれる快活な人物らしい。特に好きな相手もいない、そんな人間が町へ出て遊ぶのであれば、同じように元気な飛鷹や謡方を選ぶと誰もが思っただろう。  どういう心境の変化で考え直し、図々しくも霖道様を選ぶことになったのかは知り得ないが、とにかく気に入らなかった。 「あみだくじ……ってことは、本気じゃねえのかよ」 「いやぁ、分かりませんぞ。どんなきっかけで好きになるかなんて人それぞれですからね」  呆れたようにぼやく八宗丘に、八柳が異を唱える。俺もどちらかといえば八柳の意見に賛成だ。思考が似ているのは最悪だが。 「今日のデ……外出によって霖道様の魅力に気付かれる可能性は充分ありますから、しっかり監視しておかないと」 「監視して、もし本気になったらどうするつもりだよ」 「親衛隊に引きずり込んで抜け駆け禁止のルールを叩き込みます」  うっわ……と静かに引かれたが気にしない。誰だって好きな相手に馬の骨が近づくのは嫌だろう。親衛隊のメンバー同士で牽制し合っているからこそ、心穏やかに想い人を好きでいられるのだ。  なんとも言えない表情をした八柳が「……八宗丘氏も霖ちゃんの親衛隊に入れば?」と前方の霖道様を見つめながら呟く。 「なんでだよ。オレに仲良しこよしが出来ると思ってんのか?」 「……ふーん」  唇を尖らせながら振り返った彼が、じっとりと半目で八宗丘を睨んだ。八宗丘は八宗丘で、睨み返したもののすぐに舌打ちしながら顔を背ける。  「どうしたんですか」と二人へ問いかけたが、八柳に「……なんでも」とはぐらかされた。――やはり八宗丘と霖道様のあいだには何かがあったらしい。  後で絶対に聞き出してやる、と心に決めた。
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