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未解決殺人事件
あの日から数日が経った。
「何だったんだ……あれ……」
目をつぶると、首から上のない少女の白いワンピースと、闇に光る四つ目が浮かび上がる。
夢とは思えない。確かに見た。あれはこの世のものじゃなかった。幽霊と化け猫だ。
ヨシタカには霊能力がある。幽霊など今まで何度も見てきた。腕のないもの、足のないもの、顔だけのもの。いつものことなのに、あの時は不意を突かれて驚いてしまった。
商品をまともに届けられなかったのに、なぜか苦情は来ていない。
「もうこんな時間……」
時計を見ると、午前7時半。一仕事終えた重い体を動かして、高校に向かう。
ヨシタカは、高校に通いながら朝夕に新聞配達する新聞奨学生だ。新聞配達が主な収入源で、フードデリバリーは空いている時間に入れていた。
あれは働きたい時に働けて便利だが、またあのような目に遭うんじゃないかとの恐れもあって現在休んでいる。
授業が終わると、今度は新聞配達店に向かう。
店に着くと、同僚の榎本が先に来ていた。同僚と言っても30代。仕事が続かないそうで、この職場にもつい最近入ってきた。嫌な性格をしているが、唯一の同僚なのでついつい話しかけてしまう。
「ザクロ坂に大きな家があるって知ってましたか?」
「ザクロ坂に家? へ! あんなところに家なんてあるかよ!」
真偽を確認もしないで、人の話を頭ごなしに否定する。それが人から嫌われる原因で、どこに行っても人間関係で躓く理由だろう。
それを耳にした社長が、「そんなことはない。あの森の中には立派なお屋敷がある」と言ったので、不満そうに下唇を突き出した。
「今は誰も住んでいないんですね?」
「そのはずだ。近所の悪ガキが冒険と称して中に入って、少女の霊が出たと騒いだことや、役所の人間が調査で入った時に窓に立つ少女の霊を見た話など、様々な目撃談がある。諸々のことから、今は立ち入り禁止となっている」
「少女の霊⁉」
「不思議なことに、誰もどんな顔だったか証言できないんだ」
誰も見たことないのは、顔がないからだ。まさにあの少女の霊だ。
「君も見たのか?」
「あ、いえ。そんな噂を学校で聞いたので」
立ち入り禁止の場所に入ったことが知られたらまずいと思ったので、とっさに誤魔化す。
「あそこの持ち主って、誰なんですか?」
「相続の関係でとんでもない数の権利人がいて、海外に住んでいたり、亡くなっていたりと、処分するための全員の同意を得ることが出来ず、放置されているという話だ。あそこの土地は売れば数十億になるというのに、勿体ない話だよな」
社長は、長年新聞販売をしている関係で地域の土地情報に詳しい。今の話も懇意の不動産屋からでも聞いたのだろう。
「他には何かありませんか?」
「ああ、そう言えば、おばあちゃんから聞いたことがあったな」
「おばあちゃん?」
「おばあちゃんと言っても、私の祖母じゃなくて近所の人。噂好きで、こちらの顔を見ると話しかけてくる。その人が言うには、ザクロ坂の中腹に建つお屋敷は、庭に立派なザクロの木が植わっていて、近所の人が勝手にザクロ邸と呼んでいた。かつて羽振りの良い上品な一家が住んでいたが、ある日、押し入ってきた殺人鬼に全員殺されてバラバラにされてしまったとか」
「ええ!」
ゾゾッとした。
「じゃあ、首のない理由って、もしかして……」
「殺人鬼に首を落とされたのかもな」
その状況を想像した社長と同僚榎本の顔が青ざめたが、すぐに笑い飛ばした。
「ワハハ!」
「アッハッハ!」
ヨシタカは、状況をつかめず戸惑った。二人の顔を交互に見比べる。
「どうしたんですか? なぜ笑うんですか?」
「そ、そ。そんな訳、ある、る、か、かか……」
「そ、そうさ……。お、大昔の話だ、い、いまだに犠牲者の霊が現れるなんて……」
否定する割には、二人の声は震えている。
「犯人は捕まったんですか?」
「いや、未解決」
「容疑者もなく?」
「それは分かっている。当時、猟奇的な殺人事件が近所で頻発していて、同じ犯人じゃないかと言われていた。そっちも未解決。ただ、ザクロ邸の事件後から再発しなくなったそうだ。それで、犯人の身に何か起きたんじゃないかと言われている」
「名前は?」
「さすがにそこまでは知らない。おばあちゃんなら知っているかも。とはいっても存命かどうか……」
「犯人って、まだどこかで生きているんでしょうか?」
「70年も昔の話だ。とっくに亡くなっているだろうよ」
ヨシタカの心配を社長は払しょくしたが、胸騒ぎは治まらない。
「そろそろ夕刊配達に行っといで」
「はい……」
ヨシタカは、夕刊を抱えて配達に出た。
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