形見分け

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形見分け

「そうですか。第1層で……」  ダンジョンを出たビリーは人に聞きながら、名札を残した冒険者の家に来ていた。自分のものになるとはいえ、一応は遺品を家族に見せたいと思って、剣と弓も持って来た。 「名札はあの人の物に間違いないね。10日も経ってから見つかるなんて」  冒険者の妻だという人は、30過ぎの疲れた顔をした女だった。夜の仕事を始めたという。  ビリーが尋ねたのはまだ日が落ちる前だった。 「第1層で溶けちまうなんて、よっぽど冒険者が向いていなかったんだねぇ」 「お気の毒です……」  見舞いの言葉を告げて、ビリーは帰ろうとした。もめ事になるのは嫌だし、悲しむ遺族と一緒にいるのもつらかった。 「ちょっと待って」  そういうと女は部屋の奥に行き、暫くして戻って来た。 「こいつはあの人の商売道具さ。もう用無しだからあんたが持って行ってくれるかい?」 「売ればいくらかになるんじゃ?」 「どうせ安物だから鉄くず代にしかならないさ。……見るのも触るのも、気が滅入るんだ」  あんたが持って行ってくれた方が助かる。そう言って女は顔をそむけた。 「じゃあ、もらって行きます」  ぺこりとお辞儀をしてズタ袋を拾い上げ、ビリーは女に背を向けた。 「向いてないってのに、あの人は……。冒険者なんて、糞くらえだ」  背中でぐすんと鼻をすする音が聞こえた。  胸の中がもやもやしてドロップ品を換金しに行く気になれず、ビリーはそのまま家に帰ってきた。ミライと2人で住んでいるのは、町はずれの粗末な小屋であった。 「ただいま……。うん? どうした?」  小屋に入ると、ミライが慌てて何かを尻の下に隠した。2人きりの兄妹である。助け合って生きて来た。  隠し事をするような妹ではないはずだった。 「これは……。何でもないよ。何でもないから……」  言いながらミライの目から涙があふれて来た。 「その手は? どうしたんだ?」  涙を押さえようとしたミライの右手が、赤黒く膨れ上がっている。 「兄ちゃんにちょっと見せてみろ」 「あっ!」  手首を掴んで目を近づけると、手の甲の中央に2つ並んで赤い点が付いていた。 「こいつは……。虫か? どんな虫にやられたんだ?」  これだけ腫れるのは毒虫に違いない。虫の種類によっては命に……。 「ご、ごめんなさい。洗濯物を畳もうとしたら、そこに虫がいて……」 「虫はどうした。逃げたのか?」 「ううん。地面に落ちたから踏んで潰したの」 「死骸は? 死んだ虫はどうした?」 「……ここにいる」  ミライは尻の下から雑巾にしているぼろ布を引っ張り出した。受け取って慎重に広げてみると、1匹の虫がいた。 (3日虫(みっかむし)だ……) 「いつ噛まれた?」 「お昼前だよ」 (それじゃあ5時間以上経っている。毒はもう体に回っちまっているな……)  3日虫とは遅行性の毒を持つ昆虫だ。動きが遅いので滅多に噛まれることは無いのだが……。 「噛まれた者は3日で死ぬ。見掛けても手を出すなよ」  爺にそう教わった。 (3日後にミライが死ぬ――)  そんな馬鹿なとビリーは思った。何とか助けなければ。  医者か、薬か、何か方法があるはずだ。  ビリーは家にある一番きれいな布を水に濡らし、熱を持ち始めたミライの右手に巻いてやった。 「ミライ、兄ちゃんもう一度出かけて来る。夜には帰るから一人で待てるな?」 「うん、待ってるよ」  ビリーはあるだけの金を持って、小屋を飛び出した。
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