【短編】真実の愛を見つけられたのですね。とても素晴らしいので、私も殿下を見習います

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「アレクサンドラ! 今日、この場でお前との婚約を破棄する!」  煌びやかな夜会会場に、この国の第一王子サティスの声が響いた。名前を呼ばれた侯爵令嬢アレクサンドラは、貴族たちとの会話をにこやかに切り上げてから、サティスに向き直り優雅な仕草で口元を扇で隠す。 「サティス殿下、そのお話はこの場に相応しくありません。後日、両家を交えて……」 「逃げるのか!? 見苦しいぞ!」  サティスは、すぐ側に佇んでいたピンクブロンドの髪を持つ可憐な少女の肩を抱き寄せた。 「お前が嫉妬から、このエルを虐げていたことは明白だ!」  男爵令嬢のエルは、微かに震え瞳に涙を浮かべながら、儚げにサティスの胸元に寄り添っている。エルのように『自分を最大限魅力的に見せるにはどうすればいいのか』が分かっている女性は、アレクサンドラも嫌いじゃない。  女性が美しくあるには、常日頃からのお手入れと、たゆまぬ努力が必要なことを同じ女性として知っているから。  エルは、最大限に引き出した魅力を政治的に利用して自分自身と生家に利益を生み出そうとしている。彼女が男爵令嬢ではなく、せめて伯爵令嬢であったなら、また別の未来があったのかもしれない。  サティスがエルに「大丈夫だ。君のことは必ず私が守る」と優しく微笑みかけたので、アレクサンドラは考えることを中断した。  アレクサンドラの周囲で波のようにざわめきが広がっていく。夜会に参加していた貴族たちは口々に「何が起こっているのだ?」や「サティス殿下の婚約者は、侯爵令嬢のアレクサンドラ様では?」などと囁き合い、皆、困惑している。  熱く見つめ合うサティスとエルは、二人の世界に入っているようで、お互いに謎の愛称を呼び合いながら徐々に顔を近づけていく。 「エルル……」 「サーサ……」  愛し合う二人を引き裂くように、アレクサンドラはわざと大きな音を鳴らして扇を閉じた。今日の夜会は、他国の来賓はないものの、王家主催の夜会だった。そのような場で、これ以上のことをしてもらっては困る。 「お話は分かりました」  アレクサンドラが淡々と答えると、憎悪を浮かべた瞳でサティスが睨みつけてくる。 「私たちの邪魔をするとは!? 本当に無礼な女だ!」  アレクサンドラの背後で「無礼なのはどちらかしら?」と誰かの小声が聞こえてきたので、アレクサンドラも心の中で激しく同意した。 (本当に昔から残念な方ね)  アレクサンドラがサティスと初めて会ったのは、十歳のときだった。その当時からサティスは、自分勝手で偉そう。そして、難しいことを考えるのが苦手な上に、夢見がちな性格だった。  「俺は王子だ! 偉いんだぞ! 俺の言うことは絶対だ!」と言われ、子ども心にアレクサンドラは『何? このバカ王子』と思ったことが昨日のことのように思い出された。その場に同席していたサティスの弟である第二王子が落ち着いていたので、サティスの奔放ぶりがより際立っていた。  その数年後に、まさか自分がサティスの婚約者に選ばれるなんて、アレクサンドラは夢にも思っていなかった。とてもじゃないがサティスを夫だなんて思えない。しかし、王族からの婚約の打診をそう簡単に断れないし、この婚約自体は侯爵家にとって利益もある。  娘に甘い父は「嫌なら断っても良い」と言ってくれたが、アレクサンドラ自身が『ここまでひどいと逆に支えがいがあるわ。私がこれまで学んできたこと全てで彼を支えたら名君にできるかもしれない』と思ってしまった。  その日から、アレクサンドラは、責任感のない婚約者があちらこちらでやらかした後始末に奔走することになる。大変だったが、それをきっかけに交友関係が広がり、たくさんの知識を得て、経験を積み上げていく過程は、それなりに充実した日々でもあった。 (それも今日で終わるのね……) 「聞いているのか!?」  サティスの怒声を無視して、アレクサンドラは口元だけで微笑んだ。 「はい、もちろんですわ。サティス殿下は、わたくしとの婚約を破棄し、新たにそちらの令嬢とご婚約をされるということですよね?」 「そうだ!」  サティスは、アレクサンドラの視線からエルを庇うように一歩前に出た。その姿は、まるで姫を守る騎士のようで、自分の姿に酔っている。 「悪女のお前がどれほど嫌がろうが、この決定は覆(くつがえ)らない! 醜い心を持つ者など次期王妃に相応しくないからな!」  あまりに散々な言われようだったので、無駄だと分かっていたがアレクサンドラは反論した。 「殿下、お待ちください。わたくしは、そちらのエル様と一度もお話ししたことはありません」  アレクサンドラの記憶では、数カ月前に急にサティスから彼が担当している僅かな公務を押しつけられたので、事情を聞くために王宮内でサティスを探しているときに、庭園の片隅で逢瀬(おうせ)を楽しんでいるサティスとエルらしき人物をチラリと見かけただけだ。 「エルと話したことがないだと!? それこそ、お前がエルを無視し、虐げた証拠だ!」 「いえ、そうではなく。……そもそもどうして、男爵家のエル様が王宮内に?」  誰かが手引きでもしない限り、男爵令嬢では気軽に王宮に出入りできない。 「エルを侮辱する気か!? いいかげん嫉妬はやめろ!」  今までもそうだったが、アレクサンドラが丁寧に説明してもサティスに言葉は通じない。これまでの付き合いで言葉だけでは、サティスは理解できないと分かっていた。 「アレクサンドラ! お前がどれほど卑怯なことをしようが、私とエルを引き裂くことはできない。なぜなら私たちは、真実の愛で結ばれているからな!」 「真実の愛ですか……。まぁまぁ、それはそれは」  そう呟いたアレクサンドラは、小さく何度も頷きながら微笑んだ。  サティスが側近たちに命令するときも、『真実の愛』という言葉を熱弁していたので、すでにこちらに情報は入っていた。ちなみに、サティスの側近たちとアレクサンドラは、残念な主(あるじ)に仕える身として親しみを感じつつ、共に後始末をするうちに同胞のような強い絆で結ばれていたため、サティスの情報はこちらに筒抜けだ。  アレクサンドラの余裕の笑みに不気味さを感じたのかサティスが「な、なんだ?」とたじろぐと、拍手と共に「殿下、素晴らしいですわ」とアレクサンドラは絶賛した。 「なっ!?」  驚くサティスの腕に、エルは不安そうに自身の腕をからめる。誰がどう見ても恋人同士な二人をアレクサンドラはさらに祝福する。 「お二人は、真実の愛を見つけられたのですね」  ここまではアレクサンドラ的に問題がない。数年間実行してきた『サティス殿下名君計画』が白紙に返ることは悲しいが、サティス本人が望んでいないようなので仕方がない。  サティスのやり方や場所は問題だったが、ただの婚約破棄なら何も問題はなかった。 「そ、そうだ! だから、お前は自らの罪を認めて……」 「わたくしの、罪、ですか?」  問題なのは、これがただの婚約破棄ではなく、これをきっかけにサティスがアレクサンドラを陥れようとしていることだ。彼の計画では、アレクサンドラを断罪のち修道院に送り、数年後、恩赦で呼び戻し、側妃に迎えて恩を売り一生こき使う気でいるそうだ。 (断罪した相手を側妃にするなんて、できるわけがないでしょうに……相変わらずサティス殿下は、現実を見ていらっしゃらないのね)  幻想の世界で生きているサティスは、側近たちを使いアレクサンドラがエルをいじめたという証拠をでっち上げるように命じた。それを受けた側近たちは、すぐにアレクサンドラに報告してくれた。 (殿下に好かれているとは思っていなかったけど、ここまで嫌われているなんて……)  これには、さすがのアレクサンドラも傷ついた。サティスを生涯支えようとしていた忠誠心は、静かな憎悪へと変わっていく。 (このわたくしを陥(おとしい)れるというのなら容赦は致しません。この場で……貴方を潰します)  凄みを利かせて微笑みかけると、サティスはたじろぐ。 「ア、アレクサンドラ、余裕でいられるのはここまでだ! 証拠はそろっているんだぞ!?」 「そうですか。では、その証拠を拝見する前に、一度だけわたくしに慈悲をくださいませんか?」  アレクサンドラがようやく殊勝な姿を見せたことで、サティスは満足したようだ。 「始めからそういう態度でいれば少しは可愛げがあったものを……。私は心が広いからな。いいだろう、お前の最後の望みを言ってみろ」  サティスの顔には、優越感が浮かんでいる。 「わたくし、実はとある筋から『殿下が真実の愛を見つけられたようだ』と事前にお聞きしていまして、その素晴らしさに感銘を受け、殿下を見習ってみたのです。今からその報告をさせてくださいませ」 「……は?」  アレクサンドラは、周囲の人垣の中に微笑みかけた。それに応えるように一人の男性が姿を現す。サティスと同じ金髪碧眼で、よく似た雰囲気だったが、身体を鍛えているのかサティスより体格が良く精悍な顔つきをしている。 「バルト!?」  叫ぶサティスに続き、エルも「え!? この方が第二王子殿下のバルト様?」と驚いている。 「お前、国境付近に視察へ行っていたのではないのか!?」 「はい、ですが兄上が真実の愛に目覚めたと聞いて、お祝いをするために急ぎ戻ってまいりました」  バルトがにこやかに微笑むと、エルは「素敵」と呟いた。それを見たサティスは怒りで顔を赤らめる。 「父上より与えられた公務を放棄するとは何事だ!?」  サティスの言葉を聞きながら、アレクサンドラは『その公務をわたくしに押しつけて、女性と逢瀬を楽しんでいたのは誰でしょう? あと、公式の場で陛下を父上と言ってはいけませんとあれほどお伝えしたのに……』と思ったが、言ったところでサティスには通じない。  アレクサンドラは、バルトに視線を送った。思慮深い瞳を優しく細めてバルトがうなずく。  サティスは、言葉では説得できない。言葉が通じない相手に、どう説明すれば理解してもらえるのか? サティスの婚約者になってから、アレクサンドラはずっと悩み考えてきた。  その結果、一つの仮説が生まれた。  ――サティス殿下の言動を受け入れた上で、彼と同じ行動を取ればいいのでは?  このことにアレクサンドラが気がつけたのは、エルのおかげだった。エルがどのようにサティスに取り入ったか調べたところ、サティスの全てを肯定し、全てを受け入れてあげたそうだ。  サティスがどれほど間違っていても、どれほど愚かな行動をしても咎めず讃える。そうして、エルはサティスの寵愛を得ていった。  この行動は、サティスを正しいほうへ導かなければならないと思っていたアレクサンドラには衝撃であり、学ぶことが多かった。 (エル様、ありがとうございます。貴女のおかげでわたくしは、ようやくサティス殿下とお話ができそうですわ)  アレクサンドラは優雅に微笑む。 「サティス殿下の『真実の愛』に感銘を受け、わたくしも『真実の愛』に生きることにいたしました」  アレクサンドラがバルトに右腕を伸ばすと、バルトはその手を優しく掴んで、手の甲に唇を落とす。 「ね? バルバル」 「そうだね、アリー」  事前に決めておいたこっぱずかしい愛称を呼び、バルトと見つめ合う。視線の先のバルトは、全ての令嬢たちがうっとりしてしまいそうなほど魅力的な笑みを浮かべている。  周囲の貴族たちはざわめき、サティスは「なっ!?」と叫んだ。 「あ、アリー? バルバルだと!? お前ら、正気か!?」  アレクサンドラは、こてんと首をかしげる。 「どうして驚かれるのですか? サティス殿下は、このような公式の場でもエル様を『エルル』と呼びましたし、エル様はサティス殿下を『サーサ』と呼んでいたではありませんか? 非常識な行動ですが、真実の愛ならば許されるのですよね?」  サティスは「ぐっ」と言葉に詰まった。 「し、しかし、アレクサンドラ、お前は私の婚約者で……」 「サティス殿下だって、わたくしの婚約者ですわ。でも、真実の愛に目覚めたら、婚約者をないがしろにしても良いのですよね? だって、殿下はずっとそうされていましたもの」  アレクサンドラは、自身のドレスの裾を掴むと、無邪気に見えるようにその場で一回転した。 「このドレスは、バルバルがわたくしに贈ってくださったものですの。婚約者以外の男性からの贈り物を着て夜会に出るなど非常識ですが、殿下はわたくしにはドレスをくださらず、エル様に贈られたので、真実の愛ならばこの行為も許されるのですよね?」  呆然としているサティスをよそに、バルトはまるで恋人にするようにアレクサンドラの腰に手を回し引き寄せた。 (名演技ですわ、バルト殿下)  あまりの密着具合に内心で焦りながらも、アレクサンドラはバルトを讃えた。バルトはどこまでも優しい笑みを浮かべている。 「真実の愛に目覚めた兄上は、全ての公務を放り出してエル嬢と会っていたそうですね。ですから、真実の愛に目覚めた私も公務を放り出し、アリーに会いに来たのです。真実の愛なら許されますよね?」  バルトは「ああ、でも私の愛しのアリーに兄上の公務を押しつけるのは止めていただきたい。アリーと私の愛を育む時間が減ってしまいますから」と満面の笑みを浮かべる。  周囲の貴族たちは、サティスがこれまで何をしてきたのか、そして今、何が起こっているのか気がつき始めたようだ。  サティスに面と向かって『貴方は婚約者をないがしろにし、その女性に無実の罪を着せて断罪しようとしている。それはとても悪いことなのですよ』と言っても伝わらない。  だから、アレクサンドラは、サティスのやり方で、今、サティスの愚かさを説明している。 「ねぇ、バルバルぅ」 「なんだい? アリー」  自身の言動に照れて笑ってしまいそうだが、茶番に付き合ってくれているバルトが少しも笑わないので、アレクサンドラも必死にこらえた。 「わたくし、貴方との真実の愛に目覚めたので、エル様をいじめていませんわ」 「そうだね、アリーは私を愛しているのだから、エル嬢に嫉妬するなんて有り得ないものね」  チュッと音と立てて髪に口づけをされる。『バルト殿下、少しやりすぎでは?』と思わなくもないが、相手が残念すぎるサティスなので、これくらいやったほうが分かりやすく伝わるのかもしれない。  サティスを見れば、怒りで顔を真っ赤に染めて、握りしめた両手を震わせている。 「そんなことが許されるものか! お前たちがやっていることは、ただの不貞だ! 何が真実の愛だ、バカバカしい!」  自身の言葉にハッとなったサティスは、ようやく周囲の貴族たちの冷たい視線に気がついたようだ。  アレクサンドラは、バルトから距離を取ると、静かに語りかけた。 「そうです、殿下。殿下は真実の愛を語ってはいますが、それはただの不貞で決して許されることではありません」  顔を青くするサティスは、ようやくアレクサンドラの言葉が理解できたようだ。 「サティス殿下、婚約破棄をお受けします。でもそれは、殿下の不貞によって起こる破棄であり、わたくしに過失はありません。よって、殿下とエル様には、我が侯爵家より後日、慰謝料を請求いたします」  エルが「わ、私も!? どうして?」と叫んでいる。 「婚約者がいると分かっている男性と良い仲になったのです。当然、慰謝料は発生します。……貴女がサティス殿下に騙されたのではない限り」  その言葉でエルの表情は変わる。 (本当にかしこい方)  感心するアレクサンドラに、エルはすがるような表情を浮かべた。 「殿下に婚約者がいることは存じていました。でも、男爵令嬢の私が、どうして殿下の好意を無下にできましょうか?」  ようするに、『王族のサティスに誘われて断れなかったんです。すみません、私だけは助けてください』と言いたいらしい。  見る者の庇護欲をそそるエルの名演技に、思わず舌を巻いてしまう。 (この方もある意味でサティス殿下の被害者だわ。少しくらい慰謝料を減らして……)  そんなことを考えていると、グッと腰を引き寄せられた。見ると、バルトが微笑んでいる。正確には、口元は微笑んでいるが、瞳が少しも笑っていない。 (ひっ)  アレクサンドラが小さな悲鳴を呑み込むと、バルトはエルに淡々と語りかけた。 「エル嬢。君は兄上に言い寄っただけではなく、アリーに無実の罪を着せて断罪することを提案したね?」  目に見えてエルの顔色が悪くなる。 「そして、アリーを修道院に送ったあと、恩赦で呼び戻し兄上の側妃にするように提案した。それは全て、君が楽をするためだ。君は第一王子の婚約者である侯爵令嬢に冤罪を被せようと画策したんだ」 「そ、そんな!? 違います、私はっ……」  バルトは、エルの言葉を「誰が今ここで発言を許すと言った?」とひどく冷酷な声で遮った。 「私の真実の愛の相手は、アリーであり君ではない。君は兄上には礼儀を守らなくていいが、私には礼儀を守る必要があるのでは?」  バルトに睨みつけられて、エルは震えている。 「君は、様々な罪を犯したが、その中に王族侮辱罪も入れておこう。罪人を連れて行け」  バルトの指示で王宮騎士たちがエルを連行していく。 「う、うそ! 私がこんな目に遭うなんて! うそよね? サティス! 助けて、サーサぁ!!」  愛おしいエルに名前を呼ばれてもサティスは振り返らなかった。ただ、血の気の引いた顔でうつむき震えている。 「兄上」  バルトの声にビクつき、サティスは顔を上げた。 「現状を理解できましたか?」  その声は、相変わらず淡々としている。 「兄上は、アレクサンドラ嬢が王妃になり、侯爵家が栄えるのを良く思わない者たちに嵌められたのです」 「ぐっ」 「処罰はまぬがれません。どうして道を踏み外してしまわれたのですか?」  サティスは「……このまま皆に馬鹿にされ見下されて、操り人形のように生きていれば良かったと?」と暗い瞳で呟いた。 「兄上、上に立つ者が必ずしも優秀である必要はありません。しかし、その場合は、支えてくれる者たちへの敬意が絶対条件です。貴方は、貴方を支えてくれる者たちに対抗するのではなく、誠実に接し感謝すれば良かったのです。それでうまくいくように、陛下は兄上の周囲を一際優秀な人材で固めてくれていたのですよ。このままいけば、貴方は王太子に選ばれ、いずれ王になっていた」  バルトが騎士たちに目配せをすると、サティスは騎士に取り囲まれた。 「私を誰だと思っている!? 無礼者!」  見苦しく暴れるサティスをバルトは無感情に見つめていたが、ふと夜会会場の隅を見た。 「これで、諦めがつきましたか?」  視線の先には、顔をしかめている王と王妃の姿があった。気がついた貴族たちは一斉に恭しく頭を下げる。  王が片手を上げると、顔を上げた貴族たちは左右に分かれて王と王妃のために道を作った。  サティスの側まで近づいてきた王はただ一言「残念だ」と伝えた。情けない顔をしたサティスが「父上……」と呟く。  王から返事はなく返ってきたのは、重々しいため息だけだった。 「は、母上……」  すがるように王妃を見ると、王妃はもの悲しそうに答えた。 「サティス、近頃の貴方の愚行は私たちの耳にも届いていました。これは最後の賭けだったのですよ」 「それは、どういう……?」 「全ては貴方の心を見極めるためでした。私たちとアレクサンドラの両親がわざとこの国から出る機会を作ると、貴方がどう出るのか」 「わ、私を騙したのですか!?」  サティスの言葉に王妃は「先にアレクサンドラを騙して陥れようとしたのは貴方でしょう? そのようなことをしなければ、こんなことをする必要はありませんでした」と瞳を伏せた。 「アレクサンドラは、貴方と国に存分に尽くしてくれたでしょう?」 「……そうです。だが、彼女は私を愛してはいなかった! だから、だから、私は……」  アレクサンドラは、「少しだけよろしいでしょうか?」と王に発言権を求めた。 「よかろう」 「ありがとうございます」  優雅に会釈したあとに、アレクサンドラはサティスに向き直った。 「サティス殿下。殿下のおっしゃる通り、私は殿下のことを愛しておりませんでした」 「ほら! ほらなっ、だから私はエルに惹かれたのだ! お前の愛がなかったから!」  興奮するサティスに、アレクサンドラは静かに答えた。 「ですが、殿下も私を愛しておられなかったでしょう? どうして私だけが殿下を愛していなかったことを責められるのでしょうか? 愛がないのが問題ならば、私を愛さなかった殿下にも問題があるのでは?」  サティスは、ダンッと床を踏みつけた。 「そういうところがっ! お前のそういうところが、昔からずっと嫌いだった!」  アレクサンドラは、サティスの青い瞳を真摯に見つめた。 「私は、殿下のことを嫌いではありませんでした。貴方を支える日々は、とても充実しておりましたし、私は本気で貴方が王になる未来を見据えて行動しておりました。貴方と共に、生涯この国に尽くすことを夢見ておりました」  国王になったサティスの隣に立ち、その横で達成感と共に微笑む未来がアレクサンドラには確かにあった。愛はなくとも愛国心とサティスへの忠誠心だけは本物だった。 「でもその私の思いが、ずっとサティス殿下を苦しめていたのですね……。本当に……申し訳ありませんでした」  後悔の念からアレクサンドラが、深く頭を下げると、サティスは床に崩れ落ちた。 「あ、ああ……」  王が「連れて行け」と告げると、サティスは騎士たちに連行されていく。  夜会はお開きとなり、数日後にサティスが病にかかり療養のために離宮に移されたと聞いた。でもそれは建前で、人前に出せない王族を隔離するのが目的だった。  そのことを伝えに来てくれたバルトが言うには「兄上は、二度と離宮から出てこられないだろう」とのことだ。  一月後には、男爵令嬢エルの裁判が始まった。裁判では、エルの罪よりも、エルを利用してアレクサンドラを含む侯爵家を陥れようと画策していた貴族たちが暴かれ粛清されていった。  エルはというと、積極的に黒幕の正体を証言して捜査に協力したため、男爵家は取り潰されたがエル本人は修道院行きで済んだ。  それを聞いたアレクサンドラが、ホッと胸を撫で下ろすと、バルトはニコリと微笑む。 「エルが助かってホッとした?」 「ええ、まぁ。なんだか憎めない方でしたし、あの方のおかげでサティス殿下への対処法が分かったこともありましたので……」 「そんなに甘いことを言っていたらいけないよ、アリー」  愛称を呼ばれて驚くと、いつの間にかバルトがアレクサンドラの側にいた。 「君は、あの夜会の場でもあの男爵令嬢を助けようとしていたね?」 「そ、それは……」  バルトにツンッと指で頬をつつかれ、アレクサンドラは悲鳴を上げた。 「な、なんですの!?」 「そんなことでは王妃は務まらないよ……と言いたいところだけど、君に足りないところは私が補うから安心してね」 「お、王妃? バルト殿下が補う?」 「バルト殿下、だなんて。またバルバルって呼んでほしいな」  妙に迫力のある上品な笑みに圧倒されていると、バルトはアレクサンドラの長い髪に口づけをした。 「私との約束を忘れたなんて言わせないよ? 君は、私に協力を仰いだときに『お礼に、わたくしにできることならなんでもいたします』と言ったのだから」  確かに、バルトに『真実の愛』の相手役をお願いするとき、アレクサンドラはそう言った。 「近いうちに私が王太子に選ばれるんだ。王太子妃は、もちろん君だよ」 「は、はぁ!?」  アレクサンドラが令嬢にあるまじき声を出すと、バルトは楽しそうに笑う。 「何を驚いているの? 私たちは真実の愛で結ばれているんだよ?」 「あ、あれは、演技で……」 「君だから引き受けたんだ」  澄み切った青い瞳がアレクサンドラを見つめている。 「例え一時(いっとき)でも、君の『真実の愛』の相手になれるから引き受けた。君に『アリーと呼んでください』と言われたとき、私がどれほど嬉しかったか分かる? 甘えた声でバルバルと呼ばれて、私がどれほど胸を高鳴らせていたか」  バルトの瞳が切なそうに揺れている。 「君が……アリーが本気でサティスを支えていくと決めていたから、この想いをずっと秘めていたんだ。でも、もう我慢はしない」  バルトはひざまずくと、アレクサンドラの手を取った。 「アリー。私の望みは、君と『真実の愛』をこれからもずっと育むことだよ」  想定外のお願いにアレクサンドラが口をパクパクさせていると、バルトは「無理強いはしないけど、君が『はい』と言ってくれるまでは頑張るつもりだから」と恥ずかしそうに微笑んだ。 おわり
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