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1 ノスタルジィ
その夢の中で私は荷づくりをしている。慣れ親しんだ場所からでていくための、引っ越しの荷づくりを。
がむしゃらに、ただひたすらに皿を梱包している。
光の射しこむ、とても静かな部屋で。たったひとりきりで。
かけがえのない住処だったのに、今すぐそこを去らなければならないのだ。
時間はない。とにかく早くやってしまうことが重要だった。ものだらけの部屋のすべてを、段ボール箱につめこまないとならない。暮らしのかけらも、思い出のひとひらも。
色のついた夢は、はっきりとした質感を持って迫る。部屋の光景のすべてはなつかしく、同時に私を焦らせる。
新聞紙で包んでも包んでも、包むべき皿はまだまだたくさんある。そのうちに新聞紙はなくなってしまう。どうしたものか途方に暮れていると、いつのまにかそこにいたあの人に、すっとなにかを差しだされる。
それは漫画雑誌を一頁ごとに切り離した、分厚い紙の束だった。
「漫画に失礼だよ。それに、これじゃあ包みにくい」
あの人が愛読している、少年漫画雑誌。それを私は少々ふくれたように見せて受け取り、皿を包む。マグカップを包む。主人公の顔が折れてゆがむ。
もはや顔ではなく、漫画でもなく、ただの紙切れとなる。胸が痛むものの、それじゃあこれが新聞だったらいいのか、やっぱり記事に失礼なんじゃないかと考え、わけがわからなくなる。
とにかく、早く梱包しないとならない。
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