約束

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 もちろん、煌がそんな条件を飲むはずがない。 「ふたりで村から逃げよう。母さんを連れて。もし母さんが拒むのなら、俺が稼いで母さんに金を送る。何とかするから、あいつが言っていたことは気にするな」  煌は紗輝を安心させようと、朝日に照らされた細い髪を撫でた。 「うん、そうだね」  紗輝は悲しげに笑って、煌にもう一度長い口づけをした。この時間がずっと続けば良いのに……。そう、心で呟きながら。  そしてその二日後、紗輝は姿を消した。  煌は紗輝を探し回った。この小さな村に他に行く場所などないと思えるほどに走り回った。夜が明け、三日目、煌はボロボロになりながら秘密の場所へと向かった。  弥彦は約束通りそこにいた。 「おや? 煌ひとりだけのようだね」 「お前に紗輝は渡さない」 「渡すも渡さないも、既に紗輝は俺の婚約者だ。昨日から我が家にいるよ」  煌は絶句した。 「どうして……」 「勘違いされちゃ困るから言っておくけど、俺が無理矢理連れていったわけじゃない。紗輝の方から来たんだ。俺のことを好きなわけではない、母の為だと啖呵を切られたよ」  はははと笑った弥彦の側で、煌は目の前がぐらりと揺れて思わずそのまま膝を崩した。  それからのことは、ほとんど覚えていない。よろよろと家に帰りつき、母にもたれかかり部屋に連れられ現実から逃れるかのように眠りについた。 その次の日も、また次の日も、煌は部屋に籠り眠った。これまでの紗輝との数えきれない思い出をひとつずつ振り返り、ゆっくりと過去に戻りながら、長い時間を脳内で紗輝と過ごした。  覚えているはずのない、赤子の頃、そして前世にまで戻ってしまおうかというその時、母に、起こされた。
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