〇4わからない

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 お店を出ると九時半を回っていた。  都心とは違い街灯の光も少ない。灯りが少ないとやけに寒く感じる。  マフラーを口元まであげ、縮こまるように家まで歩いた。家のまで着くと、背筋がピンと伸びた背の高い男が立っていた。シルエットですぐにわかった。ヒロだった。 「トラブルは大丈夫だった?」 「う、うん」 「なら良かったよ」 「いつから待ってたの?」 「いや、今来たとこだよ」  私はヒロの手を握り、頬に手をやった。 「嘘。ずっと待ってたんだじゃないの? 寒かったでしょ。とにかく入ってよ」  家は安いアパートのワンルーム。私は中に入ると、すぐに暖房のスイッチをいれた。ヒロが来るとは思っていなかったので、畳みかけの洗濯物や服、雑誌や本が乱雑に散らばっている。  座卓の前に座るよう促すと、ヒロは何も言わず正座した。  私は居間を出て台所に行き、湯を沸かす。 「何してるの?」  ヒロは座りながら、台所にいる私を見る。 「うどん作るの。ご飯食べてないからさ」 「そうだったね」  私は、まな板でほうれん草とネギをザクザクと刻んだ。  「あのさ、今度は、僕の両親にも会ってもらいたいんだ」  ヒロは首を伸ばし、私にそう言った。何も答えずにいると、ヒロは「ねえ、聞いてる?」と少し大きな声を上げる。  ピシッとしたスーツに正座で座る礼儀正しさ、洗濯物が散らばった乱雑な部屋には場違いに思えた。 「うん、聞いてる」 「今度、親が東京にやってくるから、その時に食事でも」  息がつかえるような息苦しさを感じた。 「私は……」  胸に手を押さえながら、こう続けた。 「私は、ごめん。会えない。」 「どうして?」 「今の勤務先で二号店に誘われているの」  二号店に行くことになれば、ここにはいれなくなる。遠くの地方に越すことになるし、遠距離恋愛になると思うと説明した。  湯は、ぐつぐつと煮えている。冷凍のうどんを袋から取り出し鍋に入れた。湯はうどんを煮立て、私は時折、菜箸でうどんをほぐしながら、麺の固さをチェックした。
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