〇1ヒロ

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「先日、あなたに作って頂いた花束が好評で、おかげで取引先とも上手くいきそうです。今日はそのお礼で来ました」  その男性は、眼鏡が良く映える生真面目な顔つきで、高級そうなお菓子を片手に、私に微笑みかけた。  私の作った気味の悪い配色の花束が逆に受けたらしい。取引先で「その奇妙な花束は何だ」と話題になり、話が盛り上がるきっかけ作りに役立ったのだという。  彼は、なぜあんな独創的な花束を作れるのか、と真顔で聞いてきた。  私は「私、目が悪いんですよ。高校の文化祭で、巨大看板をみんなで手分けして茶色に塗っていた時、私だけ赤のペンキで塗っていたこもありますし」と、戸惑いながら答えた。  すると彼は真面目な顔を少し崩しながら笑い始めた。それは私にとってなぜか大変に心地の良い微笑みだった。  彼の名は羽山ヒロといい、それから私からよく花を買うようになった。半分バカにしているのかもしれないと思いつつも、自分の仕事で喜んでくれるのは素直に嬉しかった。  ヒロは、両親の仕事の都合で海外で生まれ、勤め先も外資系の資産運用会社という目もくらむエリートだった。  ワックスで固められた黒々とした髪、シワ一つない高級スリーピーススーツ、重く静かに光る黒い皮靴、自信に満ちようにぴんと延びた背筋と、高級眼鏡のレンズの奥に光る眼光は、億単位の数字が上下しようとも全く微動だにしない落ちつきを持っていた。  冷静沈着で真面目そのもの。  だけど、私が時々作る珍妙な花束や、子どもじみた言動で、表情は大きくは崩さないが、時折可愛い顔で笑うのである。そんな私だけに見せてくれる小さなギャップに引かれ、笑った顔を少しでも長く見たいと思うようになってしまった。  ヒロのために花を選んでいくうちに、だんだんと仲は深まり、付き合い始めるまでに時間はかからなかった。
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