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「俺……昨日のことがすごく嬉しくて、夢でも現実でも、きっとあの子は俺の運命の人に違いないって思ったんだ」
「……」
「だから誰でもいいわけじゃなくて、もし昨日介抱してくれたのが相沢なら、俺は相沢が良いって思ったんだ!」
「……それは好きとかじゃなくて、ただ気になってるっていうだけじゃないですか」
「だっていきなり好きとか言ったら信用出来ないだろ⁈」
律が取り繕うようにそう言った瞬間、翠は律のシャツの襟を掴んで自分の方へ引き寄せる。
「……それは……先輩が私を好きになりかけてると捉えますよ」
互いの呼吸がわかるほど顔が近付き、律は思わず唾をゴクリと飲み込んだ。あの頃よりキレイになった翠を間近で見ながら、動悸と冷や汗が止まらなくなる。
「先輩はいつまで経っても恋愛の"れ"の字もわからないクイズバカだから、私の気持ちは意味がないと思ってずっと隠してた」
「……相沢の気持ち……?」
「自分でも馬鹿みたいって思うの。どんな男性と話したって、先輩のうんちくの方が面白いって感じちゃうんだから」
「そ、それって、相沢は俺を好きだってこと……?」
ひんやりとした翠の手の感触と鼻をかすめたフローラルの香り、そして温かい唇の柔らかさが、律をはっきりと目覚めさせた。
唇を離した翠が恥ずかしそうに律の胸に顔を埋める仕草に、律の心臓が早鐘のように打ち始める。
これは抱きしめてもいいものなのか⁈ あぁ、これだから恋愛経験値が低いって困るんだ。律の手が行き場をなくして宙を彷徨う。
「どうしよう……こんな気持ち初めてかも。相沢のこと本気になっちゃいそうだ」
「……むしろ遅いくらいよ。どれだけアプローチしてたと思ってるんですか」
「えっ、そうなの? 全く気付かなかった」
「でもまぁようやく気付いてくれたし、仕方ないから先輩を私の彼氏にしてあげる。だから……私が飽きないようにまたたくさんお話しして。わかった?」
翠にぎゅっと抱きつかれ律は思わず姿勢を正すと、勢いのまま彼女の体を抱きしめた。
「しょ、精進します!」
彼女が隠してきた想いを知って、俺はようやく思い出した。俺の話を嫌な顔一つしないで聞いてくれていたのは相沢だけだった。だけどそれが好意から来るものだとは気付けなかった。
「相沢が好きって言ったら、信じてくれる?」
すると翠は静かにゆっくりと顔を上げる。その表情が今まで見たこともないくらい柔らかく綻び輝いていたため、律は呼吸すら忘れて動けなくなった。
「私も先輩が好き」
なんだよ、これ……。好きなんて、こんなにちゃんと言われたのって初めてかもしれない。嬉しくて胸がはち切れそうになる。
こんなにも胸が苦しくて、でも離したくなくて。離れたくなくて、ずっとこうしていたくって。あぁ、これが恋なんだって今頃になって知った。
律は思わず苦笑いをする。答えが明白なクイズより、恋愛の方がはるかに難しい。
斯くして俺の恋愛禁止宣言はたった一日で解禁され、これからはこの溢れそうな気持ちの伝え方と恋愛の進め方を研究していく必要があるようだ。
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