バラを育ててはいけません

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少女が店先から奥の扉を見つめていた。さっきの開け閉めを見ていたようだ。左頬にケロイドがある女主人が、それに気づいて舌打ちをした。 「ここは子どもの来るところじゃないよ」 「姉さんに忘れ物を届けに来たの。ほら宝石の首飾り。きれいでしょ。あたしには絶対貸してくれないのよ」 「客か。ならそっちのホールにいるだろ。こっちの倉庫は見なかったことにしな」 ホールを指さした女主人の腕にも、頬と同じような火傷の跡があった。 「ねえ、さっき見えたお花、バラっていうのよね。本で見たことがあるわ」 少女は目を輝かせていた。 「この首飾りよりもステキだわ。胸の中がキラキラする」 「金持ちにしか許されない特権さ。あれは高い花なんだ」 少女は不思議そうに首を傾けた。 「じゃあここは、そんなお金持ち専用のお店なの?」 女主人は笑った。 「ただのダンスホールさ」 「……奥の、倉庫は?」 「あれは内緒の秘密の場所なのさ。税金逃れで流通させるから儲かる。そういう店は多いんだよ。お嬢ちゃん、だから人にしゃべっちゃいけないよ」 少女はまだ納得いかない顔だった。 「なぜあんな美しいものを隠さなければならないの?」 女主人は少女に遠い昔を見るようだった。その花を一目見たくて、咲かせたくて、色を知りたくて。それだけだった頃。 「……美しいからさ」 禁止だったことがただ悲しかった。でもそれは解禁後に起きたのと同じような問題が前にもあったから。あの頃はそうとも知らず、ただ一直線。 思えば簡単すぎた。法律を変えようという重大事が、あれよあれよという間に進み、偉い人や支援者が次々と現れ。皆、そういう問題が再燃するとわかっていて。 でも。大統領の座を奪いたい対立政権。服飾から売上の王座を取り戻したい花屋連盟。目立つ流行を作れば乗じて儲けられると考えた他種産業――例えば菓子業界。 バラ色の甲冑、バラ紋様の旗印。そんないで立ちの若い娘が先頭に立てば、世に与える印象は強い正義。大人たちのそういった目論見に踊らされただけの、無知で純粋過ぎた彼女。 自分のしたことは結局は何の役にも立たなかった―― いいえ、それでも一歩前進したのよね、と女主人は思う。禁止から贅沢品へ。 そして目の前の少女を見つめる。 いつかそれを真に解禁するのはあなたかもしれないわね、と微笑み、少女に一鉢の苗を差し出した。                     
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