バラを育ててはいけません

1/13
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
世の中には白と黒。その濃い薄い。そういう色しかないとエマは思っていた。屋根裏で、その花の絵を見つけるまでは。 花はたくさん見てきた。エマはまだ13歳だが、狭い庭の痩せた土から、味の良い野菜を作り出す名人だったから。 それでもそんな、どんと自らを主張し、神々しさを放ってくる花を見たことはない。 何という名の花だろう。どう呼んだらよい色なのだろう。絵描きだった祖父のショーンが描いたものだろうと尋ねると、両の手が絵の表面の、毛羽だった油絵の具をなでた。その目はもういろいろ映さないのだ。 「これは……バラだな。若い頃一度だけ見たことがあってな。描かずにはいられなかった」 「わかるわ、爺様。とてもきれいな花だもの」 絵の中から、そのあでやかな色が移っていく。エマが見る現実の世界に。白と黒と灰色しかない景色を、みるみる色彩鮮やかに変えていく。 「本物を見てみたい。どこに咲いているの?」 ショーンは見えない目を伏せた。 「バラはな、この国ではずい分前に製造販売流通が禁止されてしまったのだよ。この絵も燃やしてしまいなさい」 こんな美しい物が禁止。どうして。 ショーンに逆らったことはない。でもエマはその絵を燃やさなかった。屋根裏の奥に隠し、折々に眺めた。そうすると心の中にきらめきが灯り、元気が湧いてくるのだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!