五、変えられない景色

1/2
65人が本棚に入れています
本棚に追加
/260ページ

五、変えられない景色

 担任の高橋先生が、保健室で勉強する私のところにやって来て話をすることは何度かあったけど、毎回私はほとんど何も言えずに終わっていた。  先生がクラスのみんなから何を聞いて、どこまで事情を知っているのか知らない。けど一度だけ、勇気を出して私がみんなに避けられている理由を話してみたことがあった。  すると先生は、一瞬難しい顔をして私から目を逸らすと、再び私に視線を戻して言った。 「今起きてることから逃げたくなること、あるよね? 先生もあるよ、そういうこと。クラスのみんな、桃華(とうか)さんが戻ってくるのをずっと待ってるよ。もちろん先生だって。だからもう少し、勇気を出してみようか――……」  後半はほとんど耳に入ってこなかった。きっと先生は私のこと、心の弱い子だって思ってる。現実と向き合うことが怖くて、私がでたらめなことを言って逃げてるって。先生に遠回しにそう言われたような気がした。  私はショックというより、悔しかった。私が今どんな思いでいるのかということより、私がどうしたらクラスに馴染めるか、そんな話をひたすら先生はしていたように思える。  高橋先生は別に悪い先生ではない。クラスのみんなを苗字じゃなくて下の名前やあだ名で呼ぶ先生は、友達みたいに親近感があってみんなから慕われていた。  先生達の中で一番若くて、優しい先生で通ってる。私に対しても、一生懸命言葉を選んで、誤解されないように気を付けてくれているのが聞いていて分かった。  だから私は、高橋先生も慣れない環境で必死に頑張ってるんだって思うことにして、先生のことを理解しようとした。  けど私は思ってしまう。先生は、私の言っていることに一応は耳を傾けたという事実が、私と一度向き合ったという確証が欲しかったんじゃないかなって。母さんが読んでいる本と同じだなってこの時思った。
/260ページ

最初のコメントを投稿しよう!