【カズちゃんはプランツェイリアン】

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【カズちゃんはプランツェイリアン】

 ヒト基盤態プランツ亜種型異星生命体、通称植物型宇宙人「プランツェイリアン/plantalien」と呼ばれる人々が地球にやって来たのは、今から千年以上前のことだ。メイオール天体の名を持つ五億光年離れた融合銀河から、彼ら彼女らは現れた。地球より幾分も進んだ文明と科学技術を持つ彼らは、けれども地球の人々が余計な恐怖や混乱を起こさぬように人に紛れて生きてきたという。 彼らの特徴とする、体の一部に現れる植物的特徴を隠して。  遅ればせながら地球の文明が発達してきた頃、彼ら彼女らは自らの正体を地球の人々へ明かすことにした。当初、地球人はプランツェイリアンの存在に否定的であった。何故ならば、彼ら彼女らを一見したほとんどの場合、地球人とほぼ変わらぬ容姿をしていたからである。肉体にある種の奇形を持つ特定の人種が、自らを選民妄想からプランツェイリアンと呼びだしたのだ、などと宣う前時代的な政治家さえ存在していた。  しかし、人々が異星生命体の事実を知るまで、そう時間はかからなかった。彼ら彼女らは、自分達の存在を発表したのだ。 「どうか、お話を。我々は皆様を害する意図は持ち合わせておりません」  ノストラダムスの大予言が世界中で囁かれていた一九九九年七月七日。植物の特徴を持つ宇宙人がそんな声明を出してきたら、大抵の人は地球滅亡を頭に浮かべたことだろう。先に言っておくが、プランツェイリアンは人類に恐怖を与えようだなんて気は微塵もなかった。彼ら彼女らにとって、この年の天の川銀河が一番地球への渡航に都合が良かったらしい。過去の新聞の記事を探して読めば、確かにその日の夜は満天の星空だったと書いてあった。  人々が恐怖と警戒から攻撃態勢に入ろうとも、彼ら彼女らは非武装を貫いた。……否、成人したプランツェイリアン達にとっては、地球人の武装など子供の玩具のようなものだ。ヘビーマシンガンだろうがグレネードランチャーだろうが、自己紹介の片手間に捌ける程度の攻撃だった。圧倒的な力を前に絶望する地球人の前で、彼ら彼女らは気恥ずかしげに言った。 「我々は、広い宇宙の中で、とても淋しかったのです」  お友達になって頂けませんか。と朗らかに話すプランツェイリアン達に、警戒を解かない人間がほとんどだった。それでも、数人。異星の人々の思いを受け入れる地球人がいないわけではなかった。時が経ち、そんな有志が増えた数年後。プランツェイリアン達は公的文書上で地球に受け入れられ、公的に地球人とプランツェイリアンは友好関係を築ける関係となった。  俺達が赤ん坊として生まれた時代にはプランツェイリアンの存在も地球に馴染み、余程迷信深い地域でない限り、彼ら彼女らが差別をされたり不当な扱いをされたりすることもなくなった。近所にもたくさんのプランツェイリアンが住んでいて、最近では彼ら彼女らと結婚する地球人も珍しくなくなった。そうして、俺の家のお隣に住んでいるプランツェイリアンの家族には、俺と同い年の子供がいて。俺はその子に恋をしたのだ。 (カズちゃん、俺のお嫁さんになってくれる?) (お嫁さんにはなれないよ、僕、男だもん)  初めての告白を即座に断わられて、俺は泣きに泣いたのだけれど、カズちゃんは押しに弱い子だった。お嫁さんにはなれないけれど、と修正を入れつつも、彼はすぐさま俺へとフォローを向けてくれた。お婿さんにならなれるよ、と。頑固な俺はそれにも不満顔だったが。 (でも俺もお婿さんになりたい) (二人でお婿さんになれば良いと思うのだけれど) (お父さん、お嫁さんのウェディングドレスが見たいって言ってるんだもん)  全く以て我儘な俺に、優しいカズちゃんは最大限の譲歩をしてくれた。 (じゃあ、僕、ウェディングドレス着るよ。お母さんが結婚した時の、取ってあるからね。地球式じゃないのだけれど、良いかな?) 俺はカズちゃんが俺と結婚してくれて、しかもウェディングドレスを着てくれることが嬉しくて、何度も繰り返し頷いた。カズちゃんは心から安心したように笑って、俺の額にキスをしてくれたのだ。 「本当に、あの日のことは今思い出しても幸せだなぁ」  椅子に縛り付けられた体勢のまま、俺は自分の脳内で幼き日の思い出をリフレインさせていた。柔らかく幸せな思い出は、現状のささくれた心を癒してくれる。さて、どうして俺の心がささくれるような状況になっているかと言えば、というより。どうして俺が粗末な椅子に縛り付けられているかと言えば。端的に言って俺は今、誘拐事件に巻き込まれているのだ。 「嗚呼、ようやく手に入れた。我々の希望、不老不死の妙薬なる異星の華よ!」  如何にも悪者っぽいボロボロのローブを身に着けた、数十人の人間が俺を囲んでいる。不老不死なんて夢物語に目の眩んだボンクラ達に、俺の言葉が届くはずもなかった。 「……だから。俺はプランツェイリアンじゃないんだってば」  プランツェイリアンと不老不死の話は、少しばかり血生臭い話になる。遠い昔、まだプランツェイリアンの名前すら地球人には知られていなかった頃から、その噂は囁かれていた。 「人間の形を模した植物を口にすれば、永久の命を手に入れられる」  西遊記の人参果、グリム童話のガルゲンメンラインなど、人型の植物と不老不死に関する伝承は世界中に散らばっている。そして、それまでは単なる空想でしかなかった不老不死に関する物語が、プランツェイリアンの存在によって真実味を増すようになったのだ。  事実、プランツェイリアンは不死とはいかないまでも、不老長寿に近い肉体をしている。縄文杉やバオバブの木、オウシュウトウヒなど、地球上でも長生きをする植物は多い。肉体に植物的特徴を多く持つプランツェイリアンも、植物達に似通った性質を持っているのだろう。  問題は此処からだ。彼ら彼女らの植物的特徴から来る老化の緩やかさを、欲深い人間達は「取り込むことで手に入れよう」と考え始めたのだ。取り込むとはつまり……プランツェイリアンを貪り食らい、その血肉を糧として自らが不老不死になろうという意味だ。  時代背景や儀式文化として、人間としての強力な能力や神様からの加護を手に入れる為、討ち取った敵軍の死体を食べる行為は確かにある。しかし、俺が暮らす現代この国では、人を食べることなど認められていない。勿論、プランツェイリアンも。しかし、ルールを理解し守ることが出来るのは正気の者ばかりで、己の欲と狂気に彩られればそれらの枷は効力を失うのだ。例え、プランツェイリアンの体に不老不死の効能など存在しないとしても。  そう、プランツェイリアンを食べたところで、不老不死の効能など得られない。鶏肉を食べたって空を飛べないのと同じようなものだろう。まぁ、鶏は元々飛べないだろうが。そんなことも分からなくなってしまうくらい、人類にとって老いと死というものは恐ろしいのだろうか。 「何をおっしゃっているのか。その美しい顔形は、どう見てもプランツェイリアンの姿をしているではないか」  ローブに顔を隠した男が俺の顎を掴む。掠れた声の感じから、それなりに年を重ねた人なのだろう。五十歳か、六十歳か。半世紀以上生きてきて、人の自由や命を奪ってまで生き続けたいと思う理由が分からない。それとも、それだけ生きてきたからこそ死や老いが怖いのだろうか。皺の刻まれた手に滲む汗の不快感に、俺はガリリと指の股へ噛み付いてやった。 「痛あっ!? ぐぅうっ、植物風情が生意気な!」  さっきまで「おっしゃる」なんて言っておきながら、少し抵抗をすれば「植物風情」だなんて言い出す。全く以て理不尽な話だ。このおっさん達のように自分勝手なカルト教団は、結局プランツェイリアンを共に地球で暮らす仲の良い隣人なんて思っていないのだ。自分の欲を叶える薬であり、都合の良い道具だ。腹立たしいことだけれど、事実なのだから仕方がない。  こんな奴等にカズちゃんの居場所を教えるわけにはいかない。今此処でプランツェイリアンに間違えられて、手足や目玉を奪われることになろうと。そもそも俺は、プランツェイリアンに間違えられる為、こんな風に姿を取り繕っているのだから。 「文字通り、煮るなり焼くなり好きにしろよ。何をされたって、俺は家族の話はしない。さぁ、さっさとやってくれよ」 「……ちっ。こんな小柄な花では、全員には行き渡らんな。これでは話し合って分配せねばならないだろう」  リーダーなのだろう男の言葉に、他のローブ達がざわめいて文句を言い出す。連れてきたのは私ですよ、だとか、情報を見つけたのは私なのに、だとか。誰も彼も、自分のことしか考えていないようで笑えてしまう。今のうちにも、少しは抵抗を見せてやろう。そう考えて、俺は目の前にいる男の鳩尾へ思い切り頭突きを入れてやった。がごんっ、と耳障りな音がして、男は悲鳴を上げることもなく胸を押さえて座り込んだ。  しかし、俺自身も無傷では済まず、頭突きの反動で椅子に繋がれたまま俯せに倒れてしまう。顔面を守ることもできないので、せめて鼻を強打するのだけは避けようと横を向く。ごんっ、と鈍い音を立てた頬が、殴打された時に似た激痛を覚えて悲鳴を上げる。 「ぐぅあっ……っ……!」  椅子に縛られたまま呻き声をあげる俺に、ローブの人間達が集まってくる。リーダーが俺に倒された今ならば、末端の自分達もお零れに与れる……それどころか、本命の不老不死の妙薬を一番に手に入れられるとでも思っているのだろう。いくつもの手が俺に群がり、ロープから解放された腕や髪を掴む。暗い部屋の中、銀色の光が僅かに煌めいていた。何人かがナイフを取り出したのだろう。覚悟は決めていたものの、やはり怖いものは怖い。 (これは……やばいかもなぁ……)  太腿へひたりと押し付けられた金属の冷たさに、思わず目を瞑る。出来れば命ばかりは助かってほしいなと思いながら、次に俺へ襲い掛かるだろう激痛に歯を食いしばった、その時。 「助けに来たよ、マコ!」  ピンチの仲間を助けるヒーローみたいに、彼は俺を助けに現れた――――人間・狼森真(おいのもり まこと)を助ける為に、プランツェイリアン・赤荻和樹(あこおぎ かずき)は敵の陣営へ単身で飛び込んできたのだ。  目の前に現れたプランツェイリアンに、俺を取り囲んでいたカルト教信者達はざわめく。俺に頭突きをされた中年男などは、カズちゃんの顔を見て「嘘だ」なんて呻いて見せる。こんな男が我らの悲願であるはずがないと。 「我々の希望である異星の華が、こんな、醜い大男であるはずがない!」  全く以て失礼なおっさんだ。カズちゃんは確かに、華奢と呼ばれる俺に比べれば随分と大男だし、傷だらけではある。けれどもけして醜いわけじゃない。緑の髪と呼べるだろう黒々とした短髪も、光を込めた樹液のような琥珀色の優しいたれ目をした二重の瞳も、丁寧に年を重ねた樹皮のように美しい褐色の肌も、全てが俺の愛しいカズちゃんを構成していて、それに彼が傷だらけなのはこいつらみたいなカルト教団に狙われ続けていた為だ。  だが、当のカズちゃんはおっさんの失礼な発言を気にする様子もなく、普段と変わらない好青年らしい礼儀正しさで俺の返却を要求した。 「マコを返してください。彼は人間ですし、例えプランツェイリアンだとしても、我々の血肉に貴方達の悲願を叶えるだけの力はありません。プランツェイリアンも、ただの人間なんです」  カズちゃんの丁寧な懇願も空しく、黒いローブの集団は各々に武器を持ち彼に対峙する。カルト教団の人間がそうそう、誘拐した人質を帰らせてくれるわけがないのだ……俺のようにおしゃべりに見えるだろうタイプの若者ならば尚更。そうして、彼自身もある程度の荒事を覚悟していたのだろう。カズちゃんは突き付けられたナイフや銃を前に、体勢を低く構えてみせる。靴を履いたままだから、サバットを使うつもりなのだろう。肉食獣のような体勢から助走をつけて、カズちゃんは俺へ向かって突っ込んでくる。  ダンダンダンと銃弾が鳴り響き、キキキキとナイフの刃が金切り声を上げる。けれども、何一つカズちゃんを傷つけるものはなく、狂信者達は驚きの声をあげる。 「どうしてこの男は倒れないのだ!? やはりプランツェイリアンは我々の上位種族、不死身の種族なのか!?」  不死身というわけではない。カズちゃんは攻撃が当たっても平気なように、肉体に植物の能力を纏っているだけだ。これこそが、プランツェイリアンの特徴であり異能なのである。  リグナムバイタ、世界一硬いと言われる樹木の構成式を肌に纏い。ムジナモ、五十分の一秒ほどで捕虫葉を閉じる食虫植物の瞬発力で攻撃を避ける。時折、自分へと向かってくる人間達の口へ投げ入れるのは、幻覚作用を持つ毒草、ハシリドコロの葉である。勿論、カズちゃんの体内で調合を変えて生成された毒であるから、原生の物よりはずっと安全なものだが。  カズちゃんが動きを見せる度、倒れたり吐いたり叫んだり走り出したり。狂乱の一途を辿る部下たちの姿に、リーダー格の中年男は恐れ慄いていた。カズちゃんは男の前に立ち、硬化した拳を突き出しつつ俺の返還を求める。 「どうか僕の友達を返してください。今ならば、お互いにこれ以上傷つけあわないで済むのですから」 「わ、分かりました……すぐにお返し致します……!」  脅えた表情を見せる中年男を哀れんだのか、それとも俺が帰ってくることに安堵したのか。カズちゃんは表情を和らげて、俺とおっさんの傍へ歩み寄ってくる。しかし、あと少しで俺に手が届く範囲にやって来たカズちゃんへ、呆れる程の欲に塗れた狂信者はそれを突き付けた。 「!? カズちゃん、避けて!」  俺の警告はけれども遅く、カズちゃんの左目に鈍色の銃弾が撃ち込まれる。パァン、と耳障りな破裂音は俺の鼓膜をも攻撃し、ぐらりと視界が揺れて跪いてしまう。頭上からゲラゲラと下品な笑い声がした。煙臭いトカレフを右手に携えたまま、中年男はカズちゃんに近づく。 「まさか、お前が本当にプランツェイリアンだとは思わなかった……想定とは違ったが、それについてはもう文句はない。お前ほどの大男ならば、十分に不老不死に有り付けるだろう」 「このっ……くそじじい……!」  ぶん殴ってやろうと思ったのに、銃声の音でまだ三半規管がいかれているのか、真っ直ぐに立つことすらも儘ならない。畜生と毒づく俺の額へ、件のくそじじいが銃口を近づける。カズちゃんの左目を撃ち抜いた銃はまだ熱を持っていて、守れなかった事実に歯噛みする。 「お友達と、彼の世で感動の再会をすると良い」  引き金に指がかかる、と思った瞬間。中年男の骨ばった指が反対側に曲げられる。一寸の間を置いて、男は「ぎゃあっ」と掠れた悲鳴を上げた。何が起こったのかと、男の指に絡む緑と茶色を辿れば、それはカズちゃんの指先から生えていた。ずるりずるりと溢れ出して男の指先から腕までを軋むほどに締め付けているのは「絞め殺しの木」の異名を持つガジュマルだ。左目からは再生力と生命力から「悪魔の草」と呼ばれるミントを溢れさせて、カズちゃんは普段の穏やかさが嘘のような、恐ろしい憤怒の形相を見せていた。 「マコを、狙ったな」  鬼気迫る表情に、カズちゃんの肌が再びリグナムバイタで覆われる。カルト教のリーダーが悲鳴をあげながら引き金を引くも、銃弾は幾重にも重ねられた樹皮で弾かれ、寧ろ跳ね返った攻撃で男の頬や腿を掠り傷つけていた。銃弾の出なくなった鉄の塊を放り捨てて、哀れな男はカズちゃんから離れようとする。しかし……激怒したプランツェイリアンの腕力から、人間程度が逃げられるはずもないのだ。カズちゃんは両腕を広げ、男の背中へ腕を回す。その両腕は間違いなく、ガジュマルの特性を帯びていた。ぐんっ、と魂でも刈り取るように腕を絡めて体を締め付ければ、狂信者は数十秒と待たず顔を青くして気絶した。軽い窒息にぶくぶくと泡を吐いた男を放り捨て、俺の方へ駆け寄ってきたカズちゃんは最早いつもの優しい表情へ戻っていた。瞬きを繰り返す瞼に涙を浮かべて「大丈夫?」なんて彼は問う。 「俺は大丈夫だよ、カズちゃん……というか! カズちゃんの方が重傷でしょう!? 早く病院行かなくちゃ……!」  眼球を撃ち抜かれたんだよ、と俺が言えば、カズちゃんは一度きょとんとしてから「ああ」と思い出したように自分の左目に触れた。ずぼっ、と左目のミントを引き抜くと、一緒に弾丸が転げ落ちて――――どれだけ凄惨なことになっているだろうと覚悟を決めてみた左目は痣の一つも残っていなかった。え、と俺が驚いた声をあげると、カズちゃんはクスクスと笑う。 「左目をね、撃たれる前にミントと取り替えたんだ。だから、傷ついてもすぐ再生することが出来るんだ」  びっくりしたかな、と尋ねるカズちゃんに、俺は心配を笑われたことへの不満も忘れて、心からの「良かった」を呟いてカズちゃんに抱き着いた。俺に抱き着かれると、カズちゃんはいつも気恥ずかしそうに耳まで赤面する。お互い、知らない仲でもないだろうに。 「カズちゃんが大きい怪我をしなくて良かった……俺を助けに来た所為でカズちゃんにもしものことがあったら、俺は切腹したって打ち首獄門にされたって許されないよ……」 「僕が気にしていないんだから、切腹なんてしなくたって許されるよ」 「俺が気にするし許せないの……カズちゃん、助けに来てくれてありがとう」 「えへへ、どういたしまして。さて、帰ろうか」  戦いで汚れたスーツからポンポンと埃を払い、カズちゃんは俺をお姫様抱っこした。逞しくしなやかな筋肉に抱き上げられて、俺は思わず胸の鼓動を速めてしまう。ファンファンと聞こえてくるのはパトカーのサイレンで、きっとカズちゃんが此処へ来る前に警察へ連絡してくれたのだろう。廊下の奥から足音が聞こえて、顔なじみの刑事さんがやってくる。 「狼森さん、赤荻さん! ご無事そうで何よりです!」 「水喰さん、助けに来てくださってありがとうございます」 「どうせならもっと早く来てほしいけれどね」  俺が親愛から成る詰りを入れると、水喰白(みずはみ あきら)さんは申し訳なさいっぱいの顔をし、カズちゃんは俺の脇腹を抓る。軽くとはいえ、カズちゃんの力なのでかなり痛い。冗談だよ、と俺が笑顔を取り繕って言えば、白さんは「いいえ」と真剣な表情をして言う。 「善良な市民であり、大事な友人であるお二人が棄権に至っている時に、一歩も二歩も遅れて現場に到着するなど言語道断、痛恨の極みです。次こそは私が、お二人をお守りします」  白さんの言葉に、カズちゃんは嬉しそうに目を細める。きっと、俺も同じ表情をしていたことだろう。どれだけ汚い人間を見ようと、白さんみたいな友達が一人いれば、俺達は希望を失わずに日常を過ごせるし――――いつでも日常に戻ろうと思えるのだ。 「せめてものお詫びです! 私にお二人の送迎をさせてください!」 「白さんったら、野暮だなぁ。今は俺、カズちゃんにお姫様抱っこされてるんだから。このまま二人で愛の巣に向かう可能性だってあるでしょ?」  俺がそんなことを言えば、カズちゃんも白さんも現状を理解してぽうっと頬を赤らめる。カズちゃんに至っては耳まで赤くなっていて、林檎みたいに美味しそうだな、なんて考えていったら脇腹を再び強めに抓られた。激痛に悶絶する俺を無視したカズちゃんが「マコの家までお願いします!」といえば、白さんも慌ててパトカーへ俺を案内するのだった。
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