推しが青い

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推しが青い

1  入学式を終え、僕は1年1組の教室の隅に立ちすくんでいた。高校でこそ新しい出会いがあると期待していたことが恥ずかしくて泣きたい気持ちだった。  僕以外、クラスメイトたちはもう仲良し。担任が遅れている教室に大音量の音楽を響かせ、それぞれのグループで、初対面とは思えないほど盛り上がってる。一人ぼっちで、オドオドと周りの様子を伺っている子なんて誰もいない。  中学では最底辺の陰キャで、ずっとぼっちだった僕。高校では友達を作ろうと入学初日の今日にかけていたが、夢は儚く散った。  誰かの提案で、教室の前面にある黒板に、名前と自己紹介を書くことになったみたい。皆が入れ替わり立ち代わり黒板をカラフルに仕上げていく。僕も空いてきた頃を見計らって、こそこそと黒板の前に立った。  ど真ん中にある真っ青な手形が目に入る。鮮やかな青色。これはチョークの色じゃない、まさかペンキ? いや、それにしては淡い。  気になるけど、イタズラをあまりじっと見て因縁をつけられたら困る。僕は一番無難に思える白のチョークを手に取り、目立たなそうな位置に”桜野 由貴(おうの ゆき)”と書いた。  黒板から離れて隅に戻った。  教室の真ん中では、音楽に合わせて一人の男子がノリノリで踊っていた。アイドルみたいに整った顔に、校則違反上等の金髪と耳にたくさんのピアス。無邪気な笑顔が眩しい。  この彼が、このあと出席番号順で僕の隣の席になる青井くん。彼の威力抜群のウィンクときたら、教室のすみっこの僕にまで届いた。  教室の音楽が止まる。やっと到着した担任から座席表が配られ、僕は青井くんのいる席の隣に、猛獣に近づいて行くような気持ちでそっと着席した。 「よろしくね!」  青井くんは素早く僕に振り向いた。近くで見るとさらにイケメン。微笑みも爽やか。 「よ、よろしく……」  差し出された手はおそらく握手の意味だろうけど、僕はドギマギして、消え入るような声で返事するのが精一杯だった。もじもじしているうちに担任からプリントを後ろに回すように渡される。た、助かった、無事に初対面の挨拶終了だ!!……と思ったら、青井くんはすぐにまた僕の方を振り向いた。 「で、桜野はどこ中から来たの? 俺は近くの南中から! ちなみにこのクラス、南中出身がめっちゃ多いよ。そっちは? 誰か知り合いはいんの?」 「………………あああの、えええっと」  気を抜いていたぶん、よけいに焦ってしまう。青井くんが僕に話しかけるのは席替えの流れにすぎないのに、自意識過剰な僕は異常に赤い顔で答えた。 「…………ぼ、……僕は北中……っ」  あとは言えなかったけど、北中から今年入学してきたのはおそらく僕だけだと思われる。  北中生にとって南高は、遠い上に偏差値も低いし雰囲気も荒れてるって言われて、全然人気がない。僕は、新しい環境でこんな自分を変えたかったんだけどそう簡単にはいかなかった。たったこれだけのことで、ゼーゼー息が上がっている。 「へー! じつは俺、ダンスサークルに入ってるんだけど、そこに北中のやつもいるよ! 本名は何だったかな〜。ミヤとイチヤって呼んでるんだけど、桜野は知ってたりする?」  まだ続くのかと思いながら僕は首を横に振った。県内一の生徒数の北中で、そんなリア充な人と僕に縁があるわけない。 「だよなぁ〜?」クスクス笑われて、僕はてっきり冴えない自分を馬鹿にされたと身を縮めた。 「あいつら自分たちは北中では超・有名人だなんてフカシやがって、全然知られてないじゃん! つぎ会ったら言っとく!」 「ええええっ!? いやっ、それは僕が知らないだけで……っ」 「でさあ」  青くなった僕に向けて、青井くんはスマホをポケットから取り出し、目の前で動画を再生した。音がミュートになってなくて、アップテンポの曲が響く。 「俺たちよく、駅前の広場で練習してるんだ。ミヤとイチヤってめっちゃ面白くていい奴らだよ。今度暇なときに見にこいよ、紹介してやる」  青井くんのスマホは画面がバキバキに割れていて見えづらい。それでも青井くんが2人の男子と一緒に格好いいダンスを披露しているのがすぐに分かった。  曲と合わせて決めポーズで終了。見入っていた僕ははっと現実に戻る。  僕の妹がアイドルのオーディション番組が大好きで、推しを作ってはテレビの前で応援してのを僕も一緒に見てるけど、そのどの候補生よりも青井くんのほうが華があるし上手かった。  実際、もう青井くんには大勢のファンが付いているらしい。再生数10万回超え。青井くんいわく、他のメンバーとダンス動画の共有もかねてSNSにアップしているうちに、勝手にフォローされていったらしい。 「す、すごいねっ!!!!」  僕の大声に青井くんがスマホを落とした。 「いきなり叫ばれたらびっくりするだろー」 「ご、ごめんなさい!」  お互いに席を立って、先に拾い上げたのは僕。すぐに青井くんの手にスマホを渡した。 「壊れてないよね!?」 「大丈夫だよこれくらい」  このとき初めて、僕は青井くんと正面から目を合わせた。きれいな形の澄んだ瞳。さらに奥にはまばゆい光がある。 「あ、あの…………」  恥ずかしいのに目が離せない。なぜか青井くんもじっと僕を見てる。   他人と目を合わせるなんて経験の無かった僕は、本当にこのまま吸い込まれてしまうかと思った。
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