とある社長室の一幕2

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とある社長室の一幕2

  「やっほーしゃーちょー」 「フリークスか」 「差し入れ持ってきたよー」  そう言って、フリークスが出しのは、湯気のたった、たこ焼き。コロコロと一口で食べやすい小さな丸いフォルムの上に、ソースと青のりをのせたそれは、食欲を唆る香りを部屋中に充満させる。  トールが初めて俺に料理を作ってくれた日に《歩きながらも食べやすい料理》を俺が頼んだら、彼が教えてくれたレシピだ。 《お前らの国の調理法は、焼くのが主流みたいだしな。鉄板特殊だけど、クルリポンだっけ? あの丸い焼き菓子の鉄板で代用できるし、色も奇抜じゃねぇから食べやすいだろ》  そうトールに言われて、俺は驚いた。まさか、ここまで真剣に考えてくれるとは思ってもみなかったのだ。素直にそう言ったら、俺だって料理人の端くれなんだよと触手を引っ張られた。 《取り敢えず、食べてみろよ》  試食も一緒に持ってきてくれた為、食べてみるとかなり美味しかった。いつもの料理と色は変わらないのに、何故こうも美味いのか。まるで魔法のようだ。  早速商品化しようと会議にトールとシェフが作ってくれた試食を持っていくと。 《はぁ!? これを人間用で出す? お前アホか! 断固反対! これはこのまま食品として売った方が絶対儲かる!》  人間専用の食べ物にどうかと提案をしたら、何故か、フリークスを始めとする部下たちから、そんな感じに猛反発を食らった。  なら普通に売ろうと市場に出したら、爆発的ヒットをたたき出してしまった。販売店では常に長蛇の列ができ、至急新たな販売店を作らないといけない状況が続いているという、嬉しい悲鳴が連日上がっている。  必死に働いてる部下の者達にとってみれば、地獄の悲鳴だろうが。 「ほんとこれ美味しいよね。トールくん様々だよ」 「たこ焼きのお陰で、今年はかなりの売上を出せそうだが、まだ食材配給が安定しないのが問題だな」 「いきなりって言えば、いきなりだったしね。もう何日屋敷に帰ってないの?」 「2、3週間か? 」 「うわ、お疲れ様」 「これでも、最初よりは落ち着いた」 「トールくんに会えなくて寂しいでしょ 」 「それは、アミラから毎日報告書を貰っているから問題ない」    アミラ曰く、トールはシェフと試作をしたり、屋敷の中を探索したりと伸び伸びしており、俺がいなくて寂しそうにしている様子が全くないらしい。彼が屋敷から逃げることなく、普通に生活してるのは喜ばしい事だが、正直少しくらいは態度に出してくれればいいのにと思ってしまう自分もいる。なんとも笑えた話だ。 「あ、けど明日やっと休み取れたんだって?」 「流石にこの状態を維持してるのが、辛くなってきた」  俺にとって人間の姿は、常に水が出ている蛇口に無理矢理栓をしているような状態だ。多少なら体に異常は出ないが、長期間となれば話は変わってくる。  今は、抑えすぎた魔力が、体の中で暴れ回っている状態だ。既に魔力を抑制する装飾品が、俺の魔力に耐えきれず何個か壊れていた。このままいけば、いつどこで魔力抑制が崩壊して、濃度の高すぎる魔力を放出してしまうかわからない。  その前に本来の姿に戻ってガス抜きをしないと、被害が尋常ではないのだ。 「何日くらい休む予定?」 「魔力濃度を戻すのに2日、魔力抑制が治るのに1日……。最短で3日だな」 「なら、4日休め」 「何故だ」  間髪入れずに剣呑な声音でフリークスに訊ねる。目処が付いたとはいえ、まだ社内には多少の混乱がある。そんな中、社長が4日も休んだら部下に示しが付かない。 「この業績の一番の貢献者は誰よ?」 「あれだろ」 「なら、トールくんにお礼しなきゃ」 「お礼?」 「 たこ焼きのレシピのお礼って」 「あれはそんなの求めてないだろ」 「お前なぁ。こんなにも会社に貢献してくれたにも関わらず、数週間放置したペットになにもなしとかありえないだろ! だからトールくん、毎日脱走するんじゃないの?」 「あいつは最近脱走しない」 「うそ! まじで!?」 「前に1回外に出た時、紋章の影響で死にかけたからな。懲りたらしい」 「それって大人しくお留守番できるようになったってことでしょ! それなら余計に褒めてやらないと!」 「そうか?」 「取り敢えず、屋敷帰ったら、まず最初に放置した数週間分、トールくんをたっぷり可愛がること! あとプレゼントも忘れるなよ! じゃないとトールくんに嫌われちゃうぞ!」  トールに嫌われる。その言葉は、思ったよりも俺の心に刺さった。  それは、嫌だ。  嫌なのだが。 「……。フリークス」 「ん?」 「その……。あれは何をあげたら喜ぶだろうか?」  メモ型の魔石は喜んでいた。だが、あれは筆談ができるようになったとアミラから聞いたから、必要だと思って買ったに過ぎない。  純粋にプレゼントと考えて、トールが喜ぶもの。それが俺には思いつかない。 「トールくんが欲しがるものねぇ」  フリークスは、うーんと唸ると、ポンと手を叩いた。 「そうだ! 確かホクトくんの所で人間用の装飾品扱い始めたって、ジークが言ってたな。それをトールくんにプレゼントするのはどうかな?」 「ホクトのところでか?」  ホクトとは、俺の弟で今は装飾屋のオーナーをやっている。彼ならセンスもいいし、トールにあう装飾品を見つけてくれそうだ。 「そうだな。最近ホクトに会ってないし、買いに行くか」 「ホクトくん、社長のこと大好きだし、きっと喜ぶよ」 「そうだな」  それに、ホクトにもトールを紹介しなくては。初めて出来た俺のもの。ホクトも気に入ってくれるだろうか。出来るなら、仲良くして欲しい。 「礼を言うフリークス。お陰で休日が楽しみになってきた」 「それはどーも。トールくんによろしくね」 「分かった」 「じゃ、俺は戻るから」  フリークスが部屋を出ていった後。不意に、窓から入ってきた夕日で、いつの間にか日が沈んでいたことに気付く。仕事もあと少しで片付く。日付が変わる前には、屋敷に戻れるだろう。 「あと少しだ」  俺はたこ焼きを食べた後、軽く触手で頬を叩き、書類へ向き合ったのであった。
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