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・・・ 【エピローグ】・・・  自分を「ふつう」だと思いたかった。  そのために、自分の一部を偽った。  それでもまだ足りなかった。    僕は、自分のすべてを呪った。  僕は、壊れていた……。正常ではなく、この世に無効な存在だと知った。  もう二度と望まないと誓っていた。  いつから、堅く結んだ決意が揺らぎだしたのかわからない。  いつから、君が僕の意識の中に現れたのか、思い出せない——。  *  教育実習開始の約一年前。夜部真は、留年の真っ只中で放浪していた。そのころの彼は、かなりの頻度で某ハンバーガーチェーンの同じ店の同じ席に入り浸っていた。   彼はハンバーガーが好きではない。といってしまうと身も蓋もないのだが。その店がバイト先からもっとも近く、手軽に長居できるという理由で選択していた。   「……あいつら、またきたのかよ」    真は嫌悪を浮かべる。もう記憶してしまった男子高校生達だ。最近よくこの店を訪れては、真の近くの席で一時間ほど談笑をしていくのである。地獄耳の真は、彼らの猥談をききたくないにもかかわらず、耳に入れてしまうのだった。  相当えげつなく品性を欠いたやからのようだ。彼らが間接的に隠語で語らおうとも、真にはそれがどんな内容か、おおかた予想できた。どうやらこの日は、AVやポルノ関連ではなく、現実の高校生活について座談を興じている。    ——だれが、学年一細いかって? 「花岡か、桜木か……直ちゃんだね」 「でた。顔小さいよな。音也がうらやましいわ」と、茶髪の男子が音也という学生にふる。 「あぁ、俺が見てきた女の中で一番細いと思うね。スカート少し短くすればっていってるんだけどさ。ちなみに、こっちは全然ない」といって、自らの胸部を指で示した。   「そこなんだよ。俺は結果的には、男の本能に逆らえない。じゃないと付き合ってても嬉しくないじゃんか」 「でも、あいつみたいにドMの子ってかわいいよ。恥ずかしがってるところとか。逃げると捕まえたくなるし」 「まだ捕まえられてないくせに。音也、直ちゃんって奥手らしいじゃん?」 「キスはしてるってば」    すると、隣にいた茶髪の男子が「何回いれた?」と訊いた。  音也は、右手の指を何度かふって質問に答えた。皆の高揚感を掻き立てて、彼はこう続けた。 「直は確かに奥手。壁ドンするとすぐに顔背けるんだよ。それが可愛いけどね。こっちからグイグイいくとおとなしくなるんだよ」 「じゃあ押し倒してみたら。彼氏なんだし」と、友人が音也にいった。 「まぁ、そのつもり」と音也は答えた。      真は、テーブルに頬づえしてぼんやりしていた。おもむろにスマートフォンを顔の高さに持ち上げて操作する。消音モードに切りかえた彼は、ななめ向かいの高校生達の写真を撮った。  ちょうど待ち合わせていた友人がやってきたのはその時である。店先で一服してからきたらしい。遅くきた友人は、よっこらせといいながら着席する。 「いまさぁ、隣で吸ってたやつがグリーンアッシュでめっちゃおしゃれだったんだけど。やっぱ、おれはぜったい緑にするわ」 「それ、やる前に雅にはだまっときなよ。ピーマンにされるよ」 「真がキンパじゃなくて銀にしたとき悔し泣きしてたな」 「しらないよ。でさ、前に話してた教職のことだけど、やっぱり僕にはむかないよ。実習なんて特にそう。年下、嫌いだし」 「うん、同意だぜ。最後のとこはよくわからんけど」 「って、思ってたんだけどね。やっぱやろうかなって。教員免許もっててもデメリットはないし」 「おいおい。どういう風の吹きまわし!?」 友人が肩透かしをくらっていると、先程の高校生達が席をたった。彼らは店を出て行った。   「……なにが『まぁ、そのつもり』だよ……まいど、まいど。ふざけたことぬかしてんじゃねぇよ。いいかげんにしねぇと、鼻へし折るぞクソガキが。その子は、てめぇの所有物じゃねぇんだよ」  ぶつぶつとドス黒い調子でささやく。   「おい、おーい。おいっ真っ、大丈夫か!?」   友人は真を目覚めさせるように肩をたたいた。 「おまえ、いまなんか念仏みたいなの唱えてなかった!?」  神妙な面持ちで友人は案じている。   「ん、ちょっと心の声が」といって真は、スマートフォンの画面を見せた。 「ねぇ、この制服って、どこの学校か知ってる?」 「おまえ、なに隠し撮りしてんだよ」 「いいから、早く答えて」 「真〜、やけになって変な趣味に走ったか。『留年する』って聞いたときは、仲間だと思って憐れんだけどさぁ。いいかげん失恋から立ちなおれよ」 「僕は、君とちがって繊細なんだよ」 「自分でいうことか。繊細というより未練がましいわっ」 「健次郎こそ禁煙するって宣言しときながら、たった一週間しか続かなかったじゃないか」 「おい、禁煙と失恋とは話の質がちがいすぎると思うぞ。それでいいのか」    そう指摘された真は、「はぁ、なんかもうばかばかしい」と、ため息を吐いた。 「ちなみにそこS高だよ、都立S高に間違いない。ほら、こいつらのシャツにエンブレムついてるだろ。あと、赤いネクタイにも」  真のスマートフォンを片手に、写真の学生を確認した友人は、なんだかんだでそう教えてくれた。  真は、しばらくぼうっとしたかと思えば、「ここってさ。教育実習できるかな」とつぶやいた。 「あぁ、うちの大学からいったひといるってよく聞くよ。たしか坂本先輩も去年。でも、アメリカに留学しちゃったよね」 「じゃあ、S高にするよ」 「なにが?」 「実習だよ」と真がいうと、友人は口元に運んだポテトをぽたりと落とした。
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