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黒髪に赤い目をした少年が、部屋を片付けていた。
いくつある分厚い本を棚へと入れ、次に空の大きな鍋を磨き始めている。
「これでよし。クルシャル先生、こっちは終わったよ」
「ああ、じゃあルナーク。次はたまった洗濯物を頼む」
クルシャルと呼ばれた赤い髪をした青年は、羽織っていた黒い外套とつばの広いとんがり帽子をルナークと呼んだ赤い目の少年に渡した。
その衣類の臭いを嗅ぐと、ルナークはウンザリした表情をして言う。
「先生……。これいつから洗ってないの? 酷い臭いだよ」
「しょうがないだろ。私の扱う物には強い臭いがする物が多いんだから。大体魔法使いってのはそういうものなんだよ。いいからさっさと洗ってくれ」
ルナークは「むぅ」と顔をしかめると、次に大きくため息をついて諦め顔になっていた。
ふたりがいるこの場所は、魔法使いクルシャルの家。
人里離れた森の中にあり、何か自分では解決できない悩み事がある者たちが訪れるところだ。
クルシャルとルナークは、その者らの問題を、魔法で解決することで生計を立てている。
ちなみにルナークは、クルシャルの弟子であり、まだまだ駆け出しの魔法使いの見習いだ。
そのため、この家の雑用はすべて彼がやっている。
時々嫌になることもあるが、元々料理や掃除が好きなのもあって、ルナークは今の生活を気に入っていた。
「ここが魔法使いの家か? 依頼をすればなんでもしてくれると聞いて来たんだが」
ルナークが早速洗濯をしようと思っていると、突然ガラガラの声と共に部屋の扉が開いた。
そこには、首にマフラーを巻いた薄汚れたオオカミがおり、ズカズカと遠慮なく入って来る。
言葉を喋るオオカミを見て驚くルナークとは反対に、クルシャルのほうは変わらず返事をする。
「そうだが。オオカミだよな、おまえは? まあ一応、話だけも聞こうか」
そう言い、クルシャルは側にあった椅子に腰を下ろすと、オオカミを見下ろした。
とても依頼を受けるような態度には見えないが、相手が言葉を話すオオカミでも対応しているところは、さすがは魔法使いといったところか。
一方でルナークのほうは、驚いていた状態から物珍しそうにオオカミのことを見ている。
「こいつをお姫さまに渡してほしい」
オオカミは頭を動かして、物は首に巻いてあるマフラーのことだと知らせた。
何年も放置されたようなボロボロのマフラー。
それは、オオカミと一緒でかなり薄汚れている物だった。
とてもじゃないが、こんな物を渡されても誰も喜ぶとは思えない。
道端に捨ててあっても違和感のない、ゴミにしか見えないマフラーだ。
「あん? お姫さま? 渡してほしい? おまえ、自分の言っているを意味わかってるか?」
「わ、わかってんよ! それはお姫さまの忘れものなんだ! だからオレ……返したいって思って!」
歯切れが悪いながらも声を張り上げたオオカミ。
その態度や表情からして本気なんだろうことは伝わるが、さすがにこれはないと、ルナークは顔をしかめていた。
ルナークが、ここはなんとか穏便に帰ってもらおうと思っていると、クルシャルはオオカミに言う。
「わかったわかった。どっかのお姫さまにそいつを渡したいんだな。だったらそいつを持って、今すぐ家に帰んな」
「んあ? それじゃマフラーが返せねぇじゃねぇか?」
「諦めろって言ってんだよ、鈍い奴だな。おまえがお姫さまのことを忘れれば問題は解決だってことだ」
「ふざけんじゃねぇ! なんの解決にもなってねぇじゃねぇか!」
「無駄だと言ってるんだ。わかったらさっさと帰れ」
オオカミは唸りながらクルシャルをにらんだ。
今にも喰らいつかんばかりに牙を剥き出しにし、その身を構えている。
だが、クルシャルは怯むことなくそのエメラルドグリーンの目で見つめ返していた。
睨み返すのではなく、まるで道端に転がっていた獣の死体でも見るかのように、冷たい視線をオオカミに向けているだけだ。
「なにが無駄なんだよ!? こいつは本当にお姫さまの忘れもので!」
「おまえ、自分自身のことを何もわかっていないようだな……。もういい、早く帰れ。説明するのも面倒だ」
「うっせぇバカ魔法使い! テメェなんかに誰が頼むかよ! こんなとこまで来て損したぜ!」
怒ったオオカミは、扉を無理やり頭で開けると、そのまま走り去っていった。
次第に小さくなっていくその背中を見ながら、ルナークは思う。
ボロボロのマフラーを渡そうなんていう不思議なお客さんだったが、あそこまで必死になっている理由がきっとあるだろうな。
何が彼をそこまでさせるんだろう?
それに、一体なんでオオカミが喋れるんだろう?
クルシャルは驚いてなかったが、ルナークが喋る獣を見たのは初めてだ。
何か、複雑な事情を抱えているとしか思えない。
それでも、いくらルナークがひとり考えても、当然答えは出なかった。
(もしかして……あの子も僕と同じなのかな……。だったら……)
クルシャルは無駄だと言ったが、それでも手伝えることはあるんじゃないかと、ルナークは師に声をかける。
「先生……。僕があの子の依頼を受けちゃダメですか?」
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