夏の章 紅いハイビスカス 『サマーインサマー』

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十四、 『サマーインサマー~想い出は、素肌に焼いて~』(最終回) 「うむ。ヨット乗りの間で、いわば都市伝説(としでんせつ)のような話があるんだ」 「はあ……。都市伝説……?」 「ニライカナイの姫である碧姫(あおひめ)は、日本中を船で(めぐ)って、伴侶(はんりょ)を探している。大抵は、碧姫の美しさゆえに、男の方から言い寄って来たりするが、色仕掛(いろじかけ)けで幻惑(げんわく)して、ニライカナイに行く約束を、取り付けたりもするんだ」 (あ、僕の場合は色仕掛けだったのかな)隆男は昨夜の出来事の細部を思い出した。 「で、男がニライカナイ行きを承諾したら、二人して航海に出る」 「ニライカナイへ行って、幸せに二人で暮らすんですね」 「いいや、必ず碧姫(あおひめ)だけが戻って来るんだ。そして再び日本中を巡る航海を続けるのさ。新しい伴侶を求めてね」 「え? じゃあ一緒に行った男はどうなったんです?」 「そうだなあ、ニライカナイは、黄泉(よみ)の国だからなあ……」 「えええ、死んじゃうんですか」 「まあ、帰って来た男はいないから、わからんな」 「何で……? 伴侶になる相手なのに……一緒に暮らさないんでしょう」 「さあね、碧姫(あおひめ)御眼鏡(おめがね)に、かなわなかったんじゃないかな。そうやって、男を船に乗せてはニライカナイ……黄泉の国に連れて行って置いて来てしまうのだよ……。ってな都市伝説だ。ちょっと怖いな」 「碧姫(あき)さんは、その碧姫(あおひめ)なんですか?」  隆男は、手に持ったハイビスカスを見た。 「まあ、都市伝説だからね」 「じゃあ、置いて行かれた僕は、やっぱり伴侶としては失格だったのかな。僕は、本気でしたよ……。黄泉の国でもどこへでも行ったのに……」 「おう、そうだ、忘れてた。出航手続きで、花城アキさんが受付に来た時に、バイト君に渡してほしいって、何かメモをもらったなあ」  施設長は、胸のポケットを探る。二つに折った紙片を取り出した。隆男は、それを受け取って開いて見た。手紙だ。 『隆男へ  素敵な一夜をありがとう。  一緒に行ってくれるって聞いて、本当に嬉しかった。  あなたは、本当にいい人。幸せになる人。  だから、ニライカナイには連れて行けないよ。  ここで、さよならするね。  好きだよ隆男。  碧姫』  読み終えた隆男は、また沖を見る。(あお)い海は穏やかだった。 「碧姫(あおひめ)は、本当に君を好きになったようだね。だから、ニライカナイには、連れていけなかったんだよ……」 「そうでしょうか……」 「そういうことにしておきましょう。いい夢見たんでしょ。わかりますよ。君はいい人だから。まるわかりだ」  そう言って、施設長はニヤニヤしている。  停泊しているヨットのデッキに置いてあるラジオからから、音楽が流れていた。『サマーインサマー~想い出は、素肌に焼いて~』その曲は、隆男の一夜の思い出をさらに(あお)く染めていくようだった。  隆男は、ため息をついて、赤いハイビスカスを見つめた。潮風(しおかぜ)に花びらがふるふると震えている。目をつぶって、花びらを(ほほ)にあててみる。碧姫(あき)の髪の香りがした。 夏の章 紅いハイビスカス 『サマーインサマー』  終
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