14人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
十四、 『サマーインサマー~想い出は、素肌に焼いて~』(最終回)
「うむ。ヨット乗りの間で、いわば都市伝説のような話があるんだ」
「はあ……。都市伝説……?」
「ニライカナイの姫である碧姫は、日本中を船で巡って、伴侶を探している。大抵は、碧姫の美しさゆえに、男の方から言い寄って来たりするが、色仕掛けで幻惑して、ニライカナイに行く約束を、取り付けたりもするんだ」
(あ、僕の場合は色仕掛けだったのかな)隆男は昨夜の出来事の細部を思い出した。
「で、男がニライカナイ行きを承諾したら、二人して航海に出る」
「ニライカナイへ行って、幸せに二人で暮らすんですね」
「いいや、必ず碧姫だけが戻って来るんだ。そして再び日本中を巡る航海を続けるのさ。新しい伴侶を求めてね」
「え? じゃあ一緒に行った男はどうなったんです?」
「そうだなあ、ニライカナイは、黄泉の国だからなあ……」
「えええ、死んじゃうんですか」
「まあ、帰って来た男はいないから、わからんな」
「何で……? 伴侶になる相手なのに……一緒に暮らさないんでしょう」
「さあね、碧姫の御眼鏡に、かなわなかったんじゃないかな。そうやって、男を船に乗せてはニライカナイ……黄泉の国に連れて行って置いて来てしまうのだよ……。ってな都市伝説だ。ちょっと怖いな」
「碧姫さんは、その碧姫なんですか?」
隆男は、手に持ったハイビスカスを見た。
「まあ、あくまで都市伝説だからね」
「じゃあ、置いて行かれた僕は、やっぱり伴侶としては失格だったのかな。僕は、本気でしたよ……。黄泉の国でもどこへでも行ったのに……」
「おう、そうだ、忘れてた。出航手続きで、花城アキさんが受付に来た時に、バイト君に渡してほしいって、何かメモをもらったなあ」
施設長は、胸のポケットを探る。二つに折った紙片を取り出した。隆男は、それを受け取って開いて見た。手紙だ。
『隆男へ
素敵な一夜をありがとう。
一緒に行ってくれるって聞いて、本当に嬉しかった。
あなたは、本当にいい人。幸せになる人。
だから、ニライカナイには連れて行けないよ。
ここで、さよならするね。
好きだよ隆男。 碧姫』
読み終えた隆男は、また沖を見る。碧い海は穏やかだった。
「碧姫は、本当に君を好きになったようだね。だから、ニライカナイには、連れていけなかったんだよ……」
「そうでしょうか……」
「そういうことにしておきましょう。いい夢見たんでしょ。わかりますよ。君はいい人だから。まるわかりだ」
そう言って、施設長はニヤニヤしている。
停泊しているヨットのデッキに置いてあるラジオからから、音楽が流れていた。『サマーインサマー~想い出は、素肌に焼いて~』その曲は、隆男の一夜の思い出をさらに碧く染めていくようだった。
隆男は、ため息をついて、赤いハイビスカスを見つめた。潮風に花びらがふるふると震えている。目をつぶって、花びらを頬にあててみる。碧姫の髪の香りがした。
夏の章 紅いハイビスカス 『サマーインサマー』
終
最初のコメントを投稿しよう!