忘れ物

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忘れ物

「ハイ、です。どうぞ」  春の日差しのように(おだ)やかな笑みを浮かべ、シンゴは依頼人の前へ指輪を差し出した。 「あ、どこからこれを……?」  信じられないと言った表情で瑠奈は指輪を手に取り訊いた。 「これでよろしいんですか。瑠奈さんが()くされた指輪は?」  当然の結果と言いたげな表情だ。 「えッ? ええェ、そう。ママの形見の指輪はこれです」  瑠奈は嬉しそうにお辞儀をし感謝した。 「フフッ、それは良かった!」  シンゴは照れ笑いを浮かべ肩をすくめた。笑うとまだ子供のように可愛らしい。 「なんとお礼を述べて良いか」  大事そうに瑠奈は指輪を胸の前に抱え込んだ。大きな瞳が涙で潤んでいた。今にもポロポロと涙がこぼれそうだ。 「別に礼には及びませんよ。ボクは美少女が哀しい顔をしているのが放っておけないだけですからね」  小学校六年生にしては売れっ子ホストみたいにキザなセリフだ。実際、彼は背も瑠奈よりも高く落ち着いているので大人びて見えた。 「シンゴ君……」  女子高生の瑠奈も思わず胸がときめきそうだ。 「鳴かぬなら()いてくれようホトトギス。天に代わって、すべての謎を」  シンゴは微笑(ほほえ)みを浮かべて決めゼリフを(とな)えてみせた。 「本当にありがとうございます」 「いいえ、礼ならこっちが言いたいくらいですよ。どんなにでも謎を解く時は胸がときめきますからね」  またシンゴは優しく微笑んだ。  彼の名前は織田シンゴ。  信長の末裔だ。  このほど暇つぶしに『デリバリー探偵』を始めたばかりだった。  なにか、困りごとがあれば彼に頼んで欲しい。いかなる謎も彼が解いてくれるはずだ。  このサファイアの指輪盗難事件は、まだ織田シンゴ(カレ)が小学校六年生の春休みの時の話しだった。
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