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「今までよくも私を、ひいては国民をも騙しおおせたものだな、カナよ!」
凛とした通る声で王子が告げる。カナはベールに隠された顔を伏せ、ただ跪くのみ。
「本物の聖女がこの国に現れたと報告があった。現れてすぐに、暴れるドラゴンを一言で鎮めたと言う」
王子は反応のないカナを、うんざりしたように見下ろし、言葉を続ける。
「異界より召喚されてからずっと、お前は何も語らず、何の奇跡も起こさなかった。それでも聖女であればこそ、この城で大切に扱って来たものを……とっとと出ていくが良い、偽物め!」
王子が手を振るのに合わせて、兵士がカナを両側から捕らえ、無理矢理に立ち上がらせる。
一切抵抗せず、カナは彼らに従った。
部屋を引き摺りだされ、しばらく暮らした離れの前を抜け、長い回廊を過ぎ、カナはとうとう城の通用口に立った。
外の風がベールを揺らし、ほろりとカナの頬に涙が伝う。
ゆっくりと地に落ちた雫を、歩み寄って来た少女がドレスの裾を揺らし優雅に踏み躙った。
その後ろには、白い鎧を身につけた騎士達が付き従っている。
「あら、偽物の聖女様なんて、泣いても誰も助けてくれないわよ。だって、私という本当の聖女が現れたんだから」
カナは口を開かない、顔を伏せて涙を落とすだけ。
「ふうん。あなた、最後の時まで『沈黙の聖女』を気取るのねえ」
目を細めて馬鹿にしたようにそう言うと、少女はカナに顔を近づけ耳元に小さな声を落とした。
「鍵は、道具屋のインク壺の中」
カナは少女にしかわからないように頷く。
「とっととこの城から出て行きなさいな、偽物聖女!」
少女は辺りに聞こえるように大きな声を上げ、カナを突き飛ばした。
よろけながら声一つ上げずに街へと消えていくカナ。
「聖女様、さあどうぞそのような者にかまわず、あちらの城門から参りましょう」
騎士は少女にそう声をかけると、恭しく彼女の手を取った。
今日からはこの少女こそが彼らの象徴。そう信じる彼らには、もうかつての『沈黙の聖女』の事なんてまったく目に入っていなかった。
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