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「...明日、病院行ってこようかな。脳の検査とか。沖田さんのこと忘れるとか、俺普通にやばいし。頭打ってるよね絶対」
「...うん、たしかに心配だね。今日もとりあえずうち泊まって、明日気が向いたら行ってみるといいかも」
「だよね、そうする。一時的なものだといいんだけど...」
「まあ暁が思い出せなくても、また好きになってもらえればいいから。あんまり考えすぎないようにね」
どこまで行っても沖田は優しい。
たかが数時間話しただけの関係で何が分かるのかと言われればそれまでだが、素直にそう思った。
しかし、やはり気になることもある。
少なくとも暁は、自分の家も職場も友人関係も、全て覚えている。
何故か沖田の記憶だけがすっぽりと抜け落ちてしまっていて、それだけが気掛かりだった。
「...あ、そういえばスマホ。...スーツのポケットとかかな」
そんなことを考えていると、一番の情報源であるスマートフォンの所在が気になり出す。
暁が何気なくそう呟けば、静かに酒を飲んでいた沖田は遠慮がちに口を開いた。
「....伝え忘れてたんだけど、たぶんスマホ生きてないと思う。昨日暁が倒れてたところの近くに用水路あるじゃん?スマホ、そこに落ちてて水没してたから。一応乾かそうと思ってそこに置いてあるけど」
「え、まじ」
沖田の言葉に暁は慌てて指さされた方向へと視線を向ける。
そこには真っ白なタオルの上にぽつりと置かれたスマホがあった。
暁は僅かな希望を胸に電源ボタンを長押ししてみるが、やはり反応はない。
引き継ぎなど何もしていないし、連絡手段となるアプリのIDやパスワードもこのスマホの中にしかない。
「....完全にやらかした」
「まあまあ、あんまり落ち込まないで。明日スマホも新規に契約してきたら?ないと不便でしょ」
「...うん、そうする」
社用携帯は別にあるし、ひとまず会社関係で困ることはない。
ただ不便だというだけだ。
それに今は自分と関係の深いらしい沖田が傍に居てくれている。
それだけでも妙な安心感はあった。
「スマホ契約したら沖田さんの連絡先真っ先に登録したいから、後で紙に書いてもらってもいい?」
起きてしまったことはしょうがない。
元はと言えば自身の不注意が招いたことだ、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。
気持ちを切り替えて沖田にそう伝えれば、沖田は嬉しそうに顔を綻ばせた。
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