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確かにオルレアン公もそうとう年の離れたオッサンだが、彼女の騎士の選ばれたゼットン卿だって十二歳も年上の男だ。
そうそう簡単に誘惑されない筈だったのだが、ゼットン卿は幼い時から知っているシャルロッテ姫が愛おしかった。
一途に慕われるのが嬉しい、なんとも困った男心。
「フランスに嫁いだら、周りは敵だらけじゃ。生きていく勇気が欲しい」
中々にうまい口説き文句だ。
「姫・・」、姫のプラチナブロンドの髪を撫でる手が止まらない。
そのまま口づけたしたのが、間違いのもと。
そっと抱き締めるゼットン卿の胸に顔を埋め、「恥ずかしい」と囁く姫のぶりっ子ぶりに負けた。
熱く燃えて姫を愛してしまったのである。
(男とは厄介なモノ、燃えてしまうと後には引けない)
時計塔の鐘が、夜中の二時を告げて鳴り響く。
「お前の胸に抱かれたまま朝を迎えられたら」
「姫は・・どんなに幸せだろう」、姫の頬を涙が濡らす。
お付きの侍女には内緒の夜だ、もう自室のベッドに戻らねばならない。
姫の身体をキツク抱き締め、ゼットン卿が呻き声を漏らした。
「アナタがただの貴族の娘だったら・・どれほど幸せなことか。このまま胸に抱きしめて離しはせぬものを」
涙で言葉が続かない。
そっとゼットン卿の腕から出ると、脱ぎ捨ててあったナイトドレスを再び纏った。もう一度、彼にキスをする為にベッドに戻った姫だったが。
「行かねばならぬ」
「王女の義務が待っておる・・」、熱いキスの余韻を飲み込むと。ゼットン卿をベッドに残したまま部屋から走り出て行った。
翌朝。
シャルロッテ姫は、バイエルンの宮廷に帰って行ったのである。
その日を境に、それまで停滞していた結婚準備が動き出した。
冬の木漏れ日が揺れる小春日和の日。
宮殿からきらびやかなファンファンファーレに送られ、父王の見送るなか。シャルロッテ姫を乗せた豪華な馬車がフランスに向けて出立した。
一行は静々と宮殿の門をくぐり、はね橋を渡る。馬車の前後を護るのは、バイエルンの近衛騎兵隊と騎士団である。
だがその中にゼットン卿の姿は無かった。
父王は彼を姫の騎士から外したのだ。
フランスまでシャルロッテ姫の婚礼の馬車行列を無事に送り届けるのは、宰相であるウィルヘルム侯爵の役目。
姫の嫁入りに付き従ってオルレアン公の城に入る役目は、父王の信頼厚いアマーリエ伯爵夫人が仰せつかっている。
いずれにしてもシャルロッテ姫がバイエルンに戻ることは二度と無い。
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