悲願の花

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悲願の花

 三年前に大病を患ってからというもの、俺は幾度となく入退院を繰り返していた。  長年の治療の甲斐も虚しく、最近ではベッドから起き上がることさえできなくなってしまった。いよいよ、俺の寿命が尽きる時が来てしまったようだ。  けれど、そんな短い人生でも決して悪くはなかった。俺がそう思えたのも、五年付き合ってきたイギリス出身の彼女の存在があったからだった。  花束を(たずさ)えて毎日会いに来てくれる彼女の姿を見るだけで、俺は随分と心が救われていた気がする。  毎日欠かさずにスノードロップの花束を持ってきては、「どうか私の祈りが通じますように」と優しく微笑んでいた彼女。花に詳しい友人に聞いてみたところ、どうやらスノードロップの花には“希望”という花言葉があるらしい。その意味を初めて知った時には、俺は嬉しさで涙が溢れた。  そんな彼女の悲願を叶えてあげることのできない悔しさはあるが、どうやらもう、俺に残された時間は無いようだ。 「エマ……今まで、本当にありがとう」  俺は最後の力を振り絞ると、エマに向けて穏やかな笑みを浮かべた。 「こちらこそ、本当にありがとう」    最後に見えた彼女の笑顔は、それはとても綺麗で満足気なものだった。 【解説】 イギリスでは、スノードロップの花には「あなたの死を望みます」という言い伝えがあることを、彼は知らなかった。 彼女が毎日熱心に祈っていたのは、“希望”ではなく彼の“死”。 その悲願がついに叶う瞬間、彼女は満足気な笑顔を浮かべると、彼の死を心から喜んだ。 “死”を願われるほど憎まれていたとは、一体、この二人の間に何があったのでしょうか……。
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