忘れたもの

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 それは祖父が亡くなった時のことだった。私は泣けなかった。  幼稚園児である従弟が泣けたと言うのに、私は泣けなかった。  生まれて五年と少し、死が何を意味するか理解出来ているかも分からないだろう幼児が、葬式で泣いていた。祖父と離れて過ごす幼児が泣いていた。  元々、年に数回しか会わないのに、日数を合計したところで一月に満たないだろう幼児は泣いた。だが、私は泣けなかった。  五歳児の物心がついてから、祖父と会えた日数は更に少なかっただろう。だが、従弟は泣いていた。それなのに、私は泣けなかった。  私は、一体何処に人間の心を忘れてきてしまったのだろう? きっと、小さな頃は感情に任せて涙も流した筈だ。  そうだ。心の深い場所で、愛されなかった子供はずっと泣いていた。その子供を、ずっと代わりに泣かせていた。  そうして、悲しみや苦しみを無かったことにして。そうして、やっと生きていた。様々な痛みや苦しみを押しつけて、生きていた。  だけど、忘れてしまった感情を、どう取り戻して良いかは分からない。そうして、忘れ物はまだ残っている。
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