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高校の時の約束
彼女は高校の卒業式に来なかった。
みんなが泣いたり、肩を叩いたり、抱き合ったり、言葉を掛け合う中で、彼女だけがいなかった。
最後に挨拶もできなかった。一緒に踊ってきたと思ってたのにな。春までは部活にも来ていたけれど、それから彼女はほとんど学校に顔を出さなくなった。
「トモ、私、歌が歌いたいんだ」
高二の部活の帰り道、彼女が言った言葉。それを叶えただけなんだ、ユウヒは。
僕は、会えなくなった彼女をテレビや雑誌で見るようになった。
歌の上手い彼女は、高校生の時からオーディションを受け続けて、高三の時にアイドルのメンバーとしてデビューした。
”ユウヒ、デビューおめでとう!頑張れよ!”
”ありがとうトモ! 大学受験頑張ってね!”
忙しいアイドルが返事をできる時間なんてない。それっきりのやり取りのまま、卒業を迎えてしまった。
高一の時、クラスは違うけどダンス部で出会って、一年生が滅茶苦茶しごかれた帰り道。僕らは帰る方向が同じだという事もあって、よく一緒に帰っていた。
「やってらんないよ~! トモじゃないんだもん、いきなりできないよ~!」
「ユウヒも最後はできたじゃん」
「そうなんだけどぉ~!」
「ユウヒ、お腹空いたから食べて帰ろっか?」
「……パンケーキがいい」
「おーし、いこいこ!」
カフェに入って、生クリームがたっぷり盛られているかわいらしいパンケーキを頼んだ。フルーツも載っててカラフルで美味しそうだ。
「トモってさ、男子だけどこういうのも平気だよね」
「こういうのって?」
「女子っぽいスイーツとか」
「俺好きだもん、かわいいの」
「私、あんまりキラキラしてると気後れしちゃうときあるのに、すごいわトモ……」
おかっぱの髪を揺らして、落ち着いた声なのに、時たま面白い反応をするから好きなんだよね。
「来れて良かった?」
ユウヒはパクっと美味しそうにパンケーキを食べて、
「うん! またかわいいお店に行きたい」
と笑顔で言った。
「ユウヒほんとに苦手なんだね、JKなのに」
「そうなの。なんかね、地味な子が来るなって言われてそうで」
切れ長の目と抜けるように白い肌。僕はきれいだと思うけどな。
「ユウヒはね、地味じゃなくて、大人っぽいんだよ」
「え? そう?」
ほんのり頰を桜色にして、きょとんとしてる顏がまたかわいい。簡単に表情を崩さないように見えて、仲良くなると色んな表情を見せてくれる。
「あ、あのさ、トモ、今は一年で、覚えることも多くて練習大変だけど、三年になったら卒業発表あるでしょ?」
「うん」
「その時にみんなでカッコよく踊りたいね」
「今の先輩たちがびっくりするぐらいにね」
「そうそう! そういう気持ちになったの、今日の練習」
「ユウヒ、約束しよ?」
僕は小指を立てた。
「あー! やっぱりかわいいトモはかわいい子指してるんだね~」
「言うなよぉ!……はい約束っ」
短い小指はコンプレックスだけど、いいんだ。差し出されたユウヒの小指を絡めとって指切りをした。
――けれど、その約束は守られなかった。
だから僕はまだユウヒに対して、何かが終わっていないような不完全な思いを抱いているのかもしれない。
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